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墓じまいが増えるのは当然の流れだが、遺骨はどうする

投稿日:2018年4月3日 更新日:

こんばんは。 僧侶のかっけいです。

墓じまいという言葉が使われるようになって早や4年が経とうとしています。

墓じまいは比較的新しい言葉でして、それまでは廃墓(はいぼ)という言葉がありました。お墓を廃止にするということですね。

墓じまいという言葉が造られ浸透するまでそれほど時間がかからなかったところを見ますと、これからもますます墓じまいの傾向は加速していくでしょう。

今回は「墓じまいの流行」と「墓じまい後のお骨の扱い」について書いていきます。


墓じまいが増えていくのは墓を管理できないから。

墓じまいとは「お墓を守っていくのを終う(しまう)」ということです。

つまりは墓石を撤去・処分し、更地の状態にして墓地の管理者に返還することですね。

ではなぜ墓じまいをするのでしょうか。

それは墓参りをするのが困難であったり、将来的には墓を受け継いでくれる人がいなくなることが予想できるからです。

墓に参る人がいなくなり、お参りの縁が無くなった墓のことを「無縁墓(むえんはか)」や「無縁仏(むえんぼとけ)」とも言います。

このような無縁墓・無縁仏の状態になると困ることが2つ発生してきます。

  • 墓地が荒れはて、遺骨が粗末な扱いになる。
  • 墓地の管理者の負担となる。

無縁墓の意外と気づかれにくい問題として、墓地の管理者の負担が大きいことが挙げられます。

一般的に墓は墓地を管理している人から区画を借りているだけであり、その場所を使う権利は維持管理費を納めている間だけであったりします。借りた側は自由に墓石を建て修理や清掃をして利用していきます。

例えるならばマンションのオーナーとテナントのような関係です。

部屋(区画)は色々用意されており、契約することによりテナント側は自由に使用することができるようになります。またオーナーも手出しが原則できなくなります。

ただしテナント側が正しく部屋(区画)を利用できないのであれば、原状回復してオーナーに返還しなくてはなりません。

具体的な例でいえば、熊本の巨大地震や東日本大震災の津波で墓石が大量に倒れたケースが挙げられます。

お墓が崩れた場合、特に他人の墓石を傷付けた場合、だれが弁償や修理をするかと言えば、借り手側です。

また墓地の管理者は墓石が倒れていようが、貸している以上、手出しができません。

熊本や東日本では4割以上が連絡の取れない墓、つまり無縁墓であり、墓地の管理人の悩みの種になっているようです。

管理できない墓は速やかに元通りの状態にしてお返しする。

だから墓じまい(廃墓)は避けてはならないのです。

墓じまいの増加は自然な流れ。

一年間にする墓参りの数の調査例として、年間2回以下の割合は80%近くあります。

つまりお墓に一年間に3回以上お参りしている人は5人に一人程度しかいないのです。

都会になればなるほど、お墓に行く割合は少なくなるでしょう。

お墓に行かないということは、お墓の汚れ取りや草抜きを怠っているということですので、墓が荒れた様子になりがちです。

すると納められているお骨は粗末な扱いになっているでしょうし、墓地の借主も困ってしまいます。

墓が荒れるのは、少子化や核家族化などにより近くにお参りに行く人が住んでいないケースや、そもそも家の団結・継承に役立っていた墓に魅力を感じなくなったからかもしれません。

墓を守る意識が乏しくなった現代では、墓を廃止にする「墓じまい・廃墓」が流行るのは至極当然なことでしょう。

墓じまい後のお骨はどうすればいいのか。

墓じまいをしますと、お墓に納めていた先祖の遺骨を掘り上げます。

ではこのお骨はどうすればいいのでしょうか。

結論を言うと「粗末にならない供養の仕方をして下さい。」となります。

日本では埋葬・埋骨に関する法律が整備されていないので、お骨の弔い方は各自の判断に委ねられます。

現代では弔いの仕方もいろいろ挙げられており、海洋への散骨や樹木葬、お骨の加工、さらには宇宙葬というのもあります。

しかしお坊さんの私がするアドバイスとしては、「粗末にならない供養」そして「(後の人にも)偲び敬う場を用意すること」が大切だと感じます。

お骨というのは故人そのものではありません。

お骨は亡くなられた方が私たちに見せる最後の姿です。

私たちはお骨そのものを拝むのではなく、お骨を拝む中に偲ぶ中に仏様の願い・仏法に出あっていくのです。

それは先祖や故人のためだけにお骨を弔うのではなく、避けることができない死の象徴である遺骨を粗末に扱うことなく、先祖・故人を偲び敬う中にかけがえのない尊い命の有難さに気が付かさせたいただくのです。

現代では「お骨を処分して無くしてしまいたい・後の人には残さなくてもいいかなあ」と考えがちかもしれません。

しかし私たちは先祖・故人からの縁がなければなかなか拝むこと(命に・死に向き合う)ができません。

散骨や樹木葬や加工はその場限りのお骨の供養の仕方です。

いのちの尊さを説く仏様の元にお骨を納め、ただお骨を拝むのではなく、お骨を拝む中に亡き人から伝えられる願いを訪ねてほしいところです。

ですので具体的な場所で言えば、仏様をおまつりした寺院や納骨施設に納骨し、ただ預けっぱなしにするだけでなく、参ることができる機会がある時には積極的にお参りしてほしいところです。


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さいごに。遺骨の永代供養も考えていく時代。

今までの時代は「家」の意識があり、家族が団結し生きてきましたが、これからの時代は「個」の自由を尊重するようになり、地域や社会のつながりどころか、家族のつながりすらも失われつつあります。

育てられ世話になった父母にお返しすることもなく、いのちをつないできた先祖を捨てるような時代にもなりつつあります。

これからの時代は家の象徴であった墓が受け継がれていくのは難しいでしょう。

ということは墓に納められたお骨も粗末な扱いになっていきます。

そうならないために墓じまいをするのですが、それだけだと将来的にはお骨を見ていく人がいなくなってしまいます。そして負担になってしまいます。

ですのでお寺や納骨施設などの仏様を安置している建物で、仏様を拝むご縁の中で丁寧に先祖をまつるようにしてはどうだろうか。

永代とは永久という意味ではありません。

その場に集い仏様や故人に手を合わし偲ぶ人たちがいて支える人がいる限り、いつまでも護持され供養されていくところということです。

散骨や樹木葬という選択肢もあるにはありますが、それはせいぜい自分の代だけのことであり、後の人には何も伝えられません。

ですので、お坊さん的にはお参りする人がいる・管理してくれる僧侶がいる寺院や納骨堂に納めることをおすすめします。

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