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「晩鐘」霊山本廟長エッセイ(6)【平成26年11月求道】

投稿日:2018年10月14日 更新日:

円龍寺若坊のかっけいです。

秋分の日・中秋の名月を過ぎますと日増しに夜が長くなり、スズムシやエンマコオロギをはじめとして秋の虫の鳴き声があちらこちらから響いてきます。

秋が深まっているのを耳で感じるのですが、ふと振り返りますと昨年11月12月の報恩講がついこの前のように身近に思えてきます。

一年がたつのは早いなあと思いながら、柿を食べ、束の間の秋を楽しんでいます。

秋のことを白秋(はくしゅう)と言います。暑かった夏を過ぎ日々木の葉が色づき日が短くなるこの時期は、人生を振り返りみつめるのに相応しいときかもしれません。


平成26年11月の求道

参道に舞い落ちる枯葉に、秋深しの物悲しさを覚えながら、部屋の一輪挿しのススキの穂を眺めていると、おもわず郷里の風景が胸に迫ります。例年十三夜の頃には、丸亀藩京極家別邸の中津万象園で催される月見の宴にて、名残惜しむように一秋を満喫していたはずですが、霊山本廟の留守を預かる今の私には望むべくもなく、せめてこの霊山の地から同じ月を眺めることで心を慰めていました。

 

それにしても、なにゆえ月は人の心を惹き付けるのでしょう。古より洋の東西を問わず、月にまつわる事象は、あらゆる分野で歴史を彩ってきたといえます。もし月が存在しなければ、陽光さす昼間から落日後、突然闇夜になり、それは生と死をも想起させる寂寞たる世界になったことでしょう。おそらくほのかな明かりを演出する月が、人の心の中に憂愁と影をもたらしたからではないのでしょうか。

 

自然科学の幼き時代の人々にとって、自らの拠り所が動き、天に舞い空に浮かぶ月の本質を知る由もなく、しかしながら、日の光と入れ替わるように現れるおぼろげなる月光に、心の影や内なる世界を見出したからこそ、月に憧憬と悲哀を抱いたのに違いありません。特に日本人の心には、「雪月花」や「花鳥風月」に表されるように、もののあわれや美意識を月に投影し、また多くの歌人が月に思いを重ねているようです。

 

郷里の丸亀に程近い善通寺の吉原町には、諸国漂泊の西行法師が旅の途中に庵を結んだ旧跡があります。ミカン畑に囲まれた山の中に、息を潜めるようにたたずむ庵を訪ねると、そこには木の葉を揺らす風のみで、月さえ友にしたい幽寂の世界があります。自然と向き合い自己と向き合う中で、花や月をこよなく愛し想い焦がれた西行法師は、心の果てに何をいただいたのでしょうか。私には西行法師という人が、仏の世界を現世と来世で願い、聖の心を持ちながらも、花月を通して捨てきれぬ俗世の哀楽を歌にしたところに、多くの人たちが心震わせるのだと思います。

フランソワ・ミレーの1859年作成『晩鐘』

フランソワ・ミレー『晩鐘』(1859)

 

ここでいつもの休題ですが、どなたにも心の奥底に、口に出さずとも手を合わせ頭を垂れる姿がある筈です。それは無視することのできない、主体的な命の有限さと自然への畏怖に、内心驚いた時だと思います。そこで思い浮かべる絵画の一つに、ミレーの『晩鐘』があります。自然主義とも写実主義ともいわれるこの絵画には、夕闇が迫ろうとする直前の燃えるような瞬間の光の中に浮かぶ農夫を通して、人間本来の崇敬さと敬虔な姿に、私には宗教心なるものの普遍さを強く感じるところです。農夫の背景から伝わる、辛苦にあえぐ人を遠くからそっと温かく包み込む鐘の音は、鑑賞する人にさえ聞こえてきそうです。

 

かつて、心ときめかした古き良き映画に『誰がために鐘は鳴る』がありましたが、だれかの為に鐘は鳴るのではなく、生きとし生けるもの全ての命の上に響き渡っているのです。

合掌

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