「鹿の子の御影」霊山本廟長(9)【平成27年2月求道】

夜半より降りかけた雨は、除夜の鐘の音とともに、煙雨となって一年の終わりを告げようとしていました。ここ霊山本廟でも、除夜会の勤行の後、お参りの方々が入れ替わり立ち替わり梵鐘をつき、過ぎ去りし一年を振り返りながら、新年に期待を膨らませているようでした。それにしても、新しい年を迎えながらも、歳を重ねる度に感じるえも言われぬ一抹の寂しさは、文豪トルストイも内観したように、時間そのものが流れているのではなく、流れ流されているのは自分自身であることを、遠く空を眺めながら身と心に落ちる氷雨の中に感じることでした。

 

2015年1月大雪の霊山本廟の鐘撞堂

2015年1月の霊山本廟の鐘撞堂

 

元旦の昼ごろに雨は雪に変わり、例年の三が日なら溢れかえる本廟の参詣者も、京都に訪れた約六十年ぶりの大雪に出鼻をくじかれ、しかし反対に、押して参詣頂いたお参りの方とは、ゆっくりと語り合うことができ、雪景色と相まって、思い出になる参詣として頂けたのではないのでしょうか。ただ、瀬戸内育ちの私では、さすがに雪かきやらゴム長靴でのお参りだけは、何ともくたびれたお正月となりました。

 

さて、寒い冬の夜、最後に寺務所の戸締りをして、薄暗い階段を降りながら、ふと思い出すのは、父が晩年に掛け軸を取り寄せてまで思いを馳せた「鹿の子の御影」のことです。蓮如上人の幼いころの出来事で、生き別れた母への追慕の物語であり、その痛嘆はご生涯を貫き通し、生身の人間であるがゆえの、凡情という積木の上に立つ、念仏者蓮如上人の原点がそこにはあります。

 

僅か六歳の我が幼子(蓮如)を残してまで本願寺を出てゆかねばならない事情、別れる母としてできる精一杯であろう、鹿の子絞りの着物を蓮如に着せ、その姿絵を形見として胸に抱きしめる心情。嫡子でないがゆえに身を引いた母に対して、別離の悲しみだけではなく、子を案じた母の願いを,自身のいのちの中に受け止めたからこそ、闇夜に溶けていった母の姿は、光となって蓮如上人のもとに戻られたのに違いありません。今から、五百九十四年前の二月九日(新暦)、寒い日の出来事でした。

 

What Can I Say (After I Say I'm Sorry)?

レッドガーランドの『What Can I Say (After I Say I’m Sorry)?』

寒い夜に、レッド ガーランドの「What Can I Say After I Say I`m Sorry?」は、カクテルピアノといわれても、こんな素敵なピアノに慰めてもらいたい気分の時もあります。『ごめんなさいと謝った後 これから何を言えばいいんだろう あなたを苦しませるためにしたことじゃないんだけど・・・本当にごめんね』。戻れない日々はわかっていますが、音楽だけはあの日に帰れます。

合掌