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「故郷」霊山本廟長のエッセイ(2)【平成26年7月求道】

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こんばんは。 円龍寺若坊のかっけいです。

先月6月号に引き続き、平成26年7月号の霊山本廟長の「求道」を紹介します。

平成30年2月には今まで不在だった霊山本廟長がようやく就任いたしました。

本廟発行の求道は霊山本廟にお参りに来られた方にお渡ししています。

本廟長やそこに勤める僧侶が毎月原稿を作成し、求道を通して、ともに仏法を頂く身になっている私たちが同じ道を歩んでいければなあと思います。

平成26年7月号の求道。

兎追いし彼の山 小鮒釣りし彼の川 夢は今も巡りて 忘れ難き故郷

「故郷」 唱歌

長い間口ずさんでもいないのに、ふと思い出す忘れえぬ歌が幾つかあります。不思議なもので、年齢を重ねると自然と脳裏に焼き付いた景色が蘇ります。いずれにしても、懐かしい思い出とともに、穢されたくない心の原風景なのです。

 

さて、霊山本廟の朝は、鳥のさえずりにあわせて、毎日お勤めが始まります。勤行の最後を締めくくる廟堂にお参りする丁度その頃、廟堂の屋根の露盤宝珠の傍らより、太陽が昇ります。東山連峰のなだらかな稜線から来光した輝きは、おそらく古より幾多の人々が感じたであろう、時をも忘れる厳かな感覚に誘います。その光を身体一身に浴び、絶えることのない手向けの献花に眼を移せば、この廟堂にてお別れをし、また倶会一処の思いを抱いた方々の心に思いを馳せ、思い浮かべるのが長谷川等伯の「松林図屏風」です。

松林図屏風・長谷川等伯

『松林図屏風』長谷川等伯

能登七尾の無名の絵師は、しがない絵描きを生業にしながら、当時主流画壇の狩野派の敵対心を煽るまでに伸し上がり、絶頂を迎えたその時おとずれた夢の崩壊。生涯を絵に捧げた等伯の言葉にならない無念を絵筆に込めて描きあげた心象世界とは。

 

幸いなことに、ここ霊山本廟に程近い智積院には、等伯の代表作「桜楓図」を含む大書院障壁画の数々が拝観できます。なかんずく将来を嘱望された若き息子久蔵の遺作「桜図」は、等伯「楓図」の啓発に応えるように花びらが乱れ咲いています。しかしその時「桜図」の巨幹とは裏腹に、一門を支えてくれるはずの久蔵の死という心の柱が倒木することになるのです。

国宝 長谷川久蔵『桜図』。

『桜図』長谷川久蔵

国宝 長谷川等伯『楓図』

『楓図』長谷川等伯

その時等伯の胸に去来したものは、追い求めてきたものと反対の世界であり、遠く故郷の情景であったに違いありません。故郷の松林の澄みきった空気のなかに立ちこめる奥が見えない霧、時を止めながらも無限を感応する情景を、筆使いのみならずその抑えきれぬ荒い息遣いも聞こえてきそうな松の葉は、等伯の心情を映し込んだ鏡のような心象世界なのでしょう。

 

山は青き故郷 水は清き故郷 「故郷」の歌詞の最後は、私たちが抱き願う安らぎの世界です。しかし、五濁悪世の世に身を持ち崩し、人生を享楽することで背を向けて逃げる私に「松林図屏風」は、黙して語らずに諭してくれるのです。

合掌

さいごに。若坊から一言。

先月に引き続き、円龍寺住職である釋崇文が霊山本廟長であった時の「求道」を紹介しました。

5月号の求道は就任の挨拶だったので、あえて紹介していません。

先月にも似たようなことを書いたのですが、やはり紙面で読むのと、スマホやパソコンの画面で見るのとではだいぶ読み方に違いが出てきそうです。

例えばスマホやパソコンで見るとサッと流し読んでしまいますが、紙では一文ずつ何を伝えようとしているのかをじっくりと読もうと意識します。

それって私だけですか?

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釋克啓プロフィール写真80px サイト運営者の釋克啓(かっけい)です。
香川生まれ,香川育ち,香川大学出身。
香川県にある円龍寺の若坊である28歳。
現丸亀市仏教会理事

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