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【お知らせ】偲朋堂の御本尊には常花をお飾りするようにします

投稿日:2017年4月27日 更新日:

こんばんは。 真宗僧侶のかっけいです。

皆様はご仏前のお花のお飾りをどうしていますか。

生花(せいか)でしょうか。
それとも造花(ぞうか)でしょうか。

最近ではプリザーブドフラワーという特殊な加工をしたお花をお飾りしている人もいるでしょう。

お寺ではいつも「お飾りするお花は生花がよろしいですよ。」とお話しているのですがなかなか浸透していないように思えます。

それどころかお寺で活けられているお花が萎れかけていて、「みっともない」や「無精している」などと、まるでお寺が仏様へのお世話を手を抜いているかのように思われる人もいるようです。

おそらくそのような指摘をされる方は、お寺のお花は常に綺麗な状態で萎れているはずがないと思っているのではないでしょうか。

この前も造花にしてはどうですかと指摘されました。

そんなこんなもありまして、円龍寺にある偲朋堂(納骨堂)の2階御本尊のお花を常花(じょうか)にしようと思います。


真宗では生花のお飾りが基本です。

さてさて最近では仏様に生花をお飾りするのが全く流行っていないですね。

ご丁寧な家ではお寺さんがお参りするときは必ず生花をお供えしているのですが、造花やプリザーブドフラワーをお飾りしている家の中には、仏事・法事があろうとも生花を活けようとしないと所もあります。

非常に悲しいですね。

そもそもなぜ仏教(真宗)では生花を供花しているのでしょうか。

仏教(真宗)で生花をすすめる理由。2点

枯れていくことに意味がある。

生花は活けた時は非常にきれいで美しいです。また非常に良い香りもします。

しかしどんなに綺麗な花でもやがては萎れ・枯れていきます。

人生でも同じことが言えます。

仏教では根本的な思想の四法印の一つに諸行無常という言葉があります。

どんな元気で健康で不自由のない生活ができている人でも、やがては老いていき、病にかかり、必ず死んでいきます。

そのような当たり前の世界・いのちに気づかさせていただくことがこの生花の役割となります。

仏様にお飾りするお花が綺麗なのは当然です。

しかし枯れていくお花を感じていくことの方がもっと大事だったりします。

信は荘厳より生ず。お世話が何より。

仏様のお飾りはお花だけではないですね。

献灯・献花・献香・献供と言われますように、明かりをつけることもお香をたくこともお供えすることも荘厳(しょうごん)の一つです。

仏教では「信は荘厳より生ず」と言う言葉があります。

いきなり仏様への信心があって仏様へ参ることができる人は少ないでしょう。

大抵の人は何らかのご縁があって仏様にお参りするはずです。

その中のご縁の一つが日常のお飾りのお世話です。

お花は季節によっては一日で萎れ枯れていきます。

そうなると頻繁にお花を入れ替えなくてはいけませんね。

これを面倒だと感じるのではなく、仏様へのお給仕(きゅうじ)ができるご縁をいただいたと思うのが真宗の味わいになります。

仏様のお飾りを正しく綺麗に整える気持ちがある人は、自然と仏様にお参りができ、仏様やご先祖に手を合わす機会やお念仏の教えに触れるご縁に出あうことができます。

もしもこれが造花やプリザーブドフラワーをお供えしている所ではどうでしょうか。

お参りの機会が奪われ、仏様へのお世話をするご縁を失っています。

御門徒さんのお仏壇にお参りするとわかりますが、御本尊へのお花が造花やプリザーブドフラワーのお仏壇は、一見綺麗にお飾りしているように見えますが、埃がつもり、お仏飯やお供えもあげておらず、日常的なお参りを一切していないことがすぐにわかります。

たとえ普段お参りしていなくても、どなたかがお参りに来るときはせめて仏様周りのお飾りを整えてほしいのですが、その気持ちもないようです。

 

さいごに

そんなこんなことを言っても生花は好まれていないようです。面倒だからね。

枯れていくお花こそが仏教なのに、そのこころをいただけないようです。

不本意ではあるのですが円龍寺では一部で常花(じょうか)をお飾りしようと思います。匿名で造花にしたらどうかと指摘されるくらいですから。

常花とは仏花の中で特に好ましいとされている蓮の花をモデルにした黄金色に輝いた造花です。

普段はこのお花をお飾りし、お堂での仏事や法要があるときに綺麗な生花をお飾りするように現在検討中です。

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