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お寺の法要はお坊さん同士の「つとめあい」でつながっている

投稿日:2016年10月31日 更新日:

浄土真宗僧侶のかっけいです。

今日は同じ金倉町にあります真宗興正派のお寺、光明寺さんにお参りしてきました。

ここら辺の香川のお寺、特に真宗では「つとめあい」または「かけづとめ」というものがあります。

いやひょっとしたら香川でなくても「つとめあい」というのはあるかもしれません。今日は「つとめあい」とは何なのかをテーマに書いていきます。


「つとめあい」とはどういう意味

「つとめあい」とういうのは簡単に説明しますと「他のお寺の法要に他のお寺から僧侶がお参りに来てくださり、また自分のお寺からも他のお寺の法要にお参りに行くこと」です。

ですからお寺にお参りに行きますと、お寺によってはたくさんのお坊さんが法要に参加しているの見たことがありますね。あれは契約していたりお願いをして来ていただいているのではなく、昔からのつながりで、延々と互いに勤めあっている様子になります。

私も永代経法要や報恩講法要のときは、合間を縫ってお参りさせていただいてますので、他のお寺さんと何度も顔を合わす機会があります。

なぜこのようなお互いのお寺に行く勤めあいがあるのでしょうか。

実はお寺同士にも檀那寺(だんなじ)という関係があります。檀那寺とは一般的に自分の帰依している寺という意味があります。

帰依するとは、言い換えると頼っているということです。

不思議ではありませんか。お寺のお坊さんは仏教的儀礼を執り行うことができる人です。極端なことをいいますと、自分のお寺の人間だけで法要をすることもできるわけです。しかしここら辺のお寺では、お互いのお寺を互いにお参りさせていただいているんですね。

檀那寺(だんなじ)とはどういった存在なのか

先ほどお寺にも檀那寺というのがあると言いました。

一般に檀那寺とは、御門徒の皆さんが法事や葬儀のときに頼りにするお寺のことだと認識されていると思います。

しかしそれはお寺の人間にも当てはまるんですね。お寺の世界も助け合いで成り立っています。

仮にお寺の人間が亡くなったとします。葬儀をしなければなりませんね。

すると喪主というのが必要となります。普通そのお寺を代表する方が喪主となるはずです。

ここで重要なのは、お寺の人間の葬儀では自分が導師(法要を行う中心となる人)となって勤めることができないのです。

必ず、他のお寺から導師(僧侶)をお願いしなければなりません。

イメージとしては、自分で自分の家の葬儀をできないようなものです。喪主は葬儀を執り行う導師を案内しなければなりません。

お寺ではもしもの時(葬儀など)、他のお寺に頼らないといけない時が出てきます。もしも御門徒さんでしたら常にお参りにいただいている檀那寺さんがありますけども、それはお寺にも同じことがいえます。

ですからお寺には檀那寺同士の関係になっていることが多いですね。

  • A寺はB寺の檀那寺。B寺もまたA寺の檀那寺。
  • A寺はB寺の檀那寺。B寺はC寺の檀那寺。C寺はA寺の檀那寺。
  • A寺がB寺・C寺・D寺の檀那寺など

檀那寺の関係とは必ずこうだと決まった形はありません。

あくまでも「お互いに頼りにしているお寺」ということです。

お寺のお参りとは何なのか

ここまで「つとめあい」と「檀那寺」の説明をしてきました。

しかし今日お参りしたお寺は「つとめあい」の関係があるお寺ではありますが、すべてが「檀那寺」の関係があるお寺ではないんですね。基本檀那寺となるお寺は一か寺だけです。

他のお参りに来ているお寺は檀那寺ではありません。しかしお寺の法要時には他のお寺からもお参りが来ます。

では一体なぜ、お坊さんがお参りをするのでしょうか。

それはつながりです。

お寺のお坊さんとは自坊を守り、教えを代々伝えていく使命があります。しかし自分のお寺だけを見ていてもいいわけではないんですね。

これに似たようなことに、自治会というのがあります。

普段は町内会に参加しなくても各家庭は生活をしていくことができます。

しかし災害が起きたり不幸があったりしますと、地域の周りの助けを受けないといけない時がきます。困ったときだけ助けてもらうのはおかしくありませんか。

お寺を維持すること、お念仏の教えを守っていくこと、これは一つのお寺だけを見ていてもできることではありません。互いに助け合い、お参りさしていただき、そしてまた自分も仏縁に出あわしていただく。

このことが「つとめあい」からいただく仏法のつながりだと私は感じます。

 

さいごに。お坊さん同士のつながりも大切

最近ではお寺さん同士の交流が減りつつあるように感じます。

特に異なる宗派間ではさらに関係がなくなっているように感じます。(最近では違う宗派のお坊さんと一緒に法事や葬儀をすることがすごく減った)

私は丸亀市仏教会に参加していますが、加盟寺院が少ない様に感じてしまいます。

参加しても特段の利点はないですし、会の維持費というのもかかってきます。

しかしお寺の中にも私はつながりというのは必要だと思います。

強制されることではないですが、お互いの宗派や寺院を理解するためにも、一つになって仏教を盛り上げていくためにも、お寺の中・お坊さんの中にもつながりを意識する必要があるのではないでしょうか。

それにお寺の法要でお坊さんが10人20人と読経していたらやっぱり迫力がありますよね。また控室ではお坊さん同士の会話も活発になり付き合いが深くなるので、やっぱり勤めあいの関係は大切なんだろうなあと感じます。

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