浄土真宗は日本の仏教宗派でもやや特異な考え方をもっていると思われているかもしれません。
ここでは浄土真宗僧侶の私が、
- 浄土真宗でのタブー(やってはいけいないこと)
- する必要がないこと・やってもいいこと
- すすめられていること
の3点を紹介します。
なお真宗各宗派によっては考えが異なることや、地域によってはすでに広く浸透している慣習が含まれていることも留意してくだい。
浄土真宗で禁じられていること(禁止事項)
意外に思われるかもしれませんが、浄土真宗という仏教宗派は、これをしてはいけませんという禁止事項はありません。
法律や倫理から外れないのであれば、禁止されている行為はありません。
浄土真宗でもやっていいこと
浄土真宗では禁じられている行為はありません。一方で、する必要がないというのはたくさんあります。する必要がないだけですので、していても問題はありません。
「浄土真宗にはタブー(禁止事項)がある」と表現をする人もいますが、したらいけないという禁止ではなく、「わざわざする必要がないこと」がたくさんあるのです。
例を挙げていきます。以下の例はやっていてもOKなことです。
お寺・神社へのお参りに関して
- 神棚をまつること・神社にお参りすること
- お遍路など真宗以外の寺巡りをすること
- 御朱印をいただくこと
- 他の宗教をまつること
- お寺の鐘を打つこと
浄土真宗の門信徒から、空海(弘法大師)由来の四国八十八カ所参りをしてもいいのか尋ねられます。また伊勢神宮などの神社にお参りしてもいいのかとも尋ねられます。
もちろんお参りできます。浄土真宗だからと言って、他宗の神仏や宗教施設にお参りできないことはありません。当然、手を合わして願掛けをしてもいいでしょう。御朱印をいただいてもいいでしょう。
しかし浄土真宗は阿弥陀仏が私たちに掛けられた願いをそのまま聞きいただく教えですので、自分中心の願い事はしません。当然、どこにお参りしたとか何度お参りしたかは関係ありません。
葬儀や中陰に関して
- 位牌を用意すること
- 清めの塩をすること
- 故人のご冥福を祈ること
- 故人の茶碗を割ること
- 故人の棺を回すこと
- 葬儀場と火葬場の往路を変えること
- 故人の冥途の装束を用意すること
- ご冥福やご霊前の言葉を使うこと
- 追善供養をすること
- 中陰のお勤めをすること
浄土真宗では霊魂の話をしません。故人の死後、霊・魂となって迷ったり私たちを祟ったりするでしょうか。また逆に守護霊として生きている人を守るのでしょうか。
浄土真宗の教えでは、死者のために追善供養をしなければ災いが降りかかるとは考えません。それは亡くなられた先人らは必ず阿弥陀仏の他力本願力によってお浄土に生まれさしていただいているからです。
生きている人が亡くなった人を穢れ(不浄)として扱い、戻ってくるなと茶碗を割ったり棺を回したり、冥土での幸福を祈るようなことは致しません。
先立たれた方を仏の国に生まれた諸仏として敬い偲んでいくのが浄土真宗です。
なお中陰の七日毎のお勤めをすることは浄土真宗の考えから外れているようにも思えますが、通仏教にならい故人を偲ぶ期間であり、身近な人の死をとおしてかけがえのないこの命を生きている事実に気がつき、ますます仏法を聞いていく大切なお勤めですので浄土真宗でもお勤めをします。決して故人への追善供養ではありません。
迷信・占いに関して
- お守りやおみくじを持つこと
- 日の善し悪しや運勢を占うこと
- 姓名判断をすること
- 仏壇やお墓の向き・大きさを気にすること
- お仏壇やお墓は家に死人が出るまで用意しないこと
- 法事の日取りを命日よりも早くすること
占いやお守りは浄土真宗的ではありません。
なぜなら占いやお守りを持つこころと言うのは、自分の都合がよくなるように生きたいという思いをもつからです。
浄土真宗は自己中心とする物差しを改め、その心から出てくる愚かな自分の姿に気が付いていく教えです。事実をそのまま引き受け、苦しみや悩みの多い人生の中から私を育ててくださっているご縁やご恩をたずねていきます。
私の物差しから、仏様からの智慧・慈悲によって人生を歩むのが浄土真宗です。
また仏壇は家庭生活の中で仏様に出あう場であり家庭生活の中心となります。ですので本当は新築に合わせて仏壇を用意します。
法事も先祖を偲ぶ中に仏法に出あう場です。法事が命日より後になって問題ありません。多くの有縁の人がお参りできる日を選びましょう。
仏事の作法・お飾りに関して
- 金仏壇ではない仏壇にすること
- ご本尊は木像でも絵像でも名号でも
- 仏壇に見真額を掲げること
- 線香を香炉に立てること
- お香を額に押しいただくこと
- 念珠をこすること
- 炊いた白米以外をお仏飯にすること
- お水をお供えすること
- 墓石に水をかけること
- お酒やタバコを供えること
- お参りする時にお鈴を打つこと
浄土真宗の仏壇は阿弥陀仏の西方極楽浄土をイメージした黄金色のきらびやかな金仏壇が一般的ですが、唐木仏壇でもよく、必ずしも金仏壇でなければならないことはありません。
おまつりする仏様も南無阿弥陀仏の名号でも、絵像でも木像でもなんでもいいです。
お参りする時の作法もお水を供えるとか、お鈴を鳴らすとか、浄土真宗では無用なことがたくさんありますが、しても問題はありません。
浄土真宗のお参り・仏事は、仏様を思い、故人を偲ぶ中で仏法に出あうご縁の場です。お花・お香・お光をお供えし手を合わしていくことが大切なので余計な作法はだいたいする必要がありません。
行事・イベントに関して
- クリスマス(クリスマスイブ)を祝うこと
- ハロウィンで楽しむこと
- 神社に初詣すること
- 施餓鬼供養すること
- 精霊棚を設けること
- お盆参りをすること
- 除夜の鐘をつくこと
- 仏壇や墓の性根入れをすること
クリスマスやハロウィンのイベントは仏教と関係がありません。でも参加しても祝っても何の問題もありません。もちろん神社に行き神様に手を合わしてもOKです。
霊や魂の考えを持たない浄土真宗でも、お盆の時には精霊棚を設けたってOKです。除夜の鐘を撞き鳴らしてもOKです。
地域や会社や仲間の輪を乱すようなことをするべきではありません。伝統や文化を守り支え参加していくことは大切なことです。
むしろそれらの行事・イベントに関係を持つことによって、コミュニケーションをはかったり、見分を広めるなど人生を充実できるように心がけましょう。
性根入れや除夜の鐘のような教義と違う仏教行事であっても、阿弥陀様や先祖への敬い尊敬の気持ちを失うわけではありません。
日常生活に関して
- お酒を飲むこと・タバコを吸うこと
- 賭け事をすること
- 般若心経をとなえること
- 写経をすること
- 座禅やヨガをすること
- 戒名を授かること
浄土真宗は在家仏教なので、修行者のような禁欲的な生活を強制していません。
自分を見失うほどお酒を飲んだり、賭け事をしたり、著しくわざと体を傷つけるのでなければ、ほどほどのことはOKです。障りや悩みのもとにならないのであれば、酒やタバコを飲んだり、宝くじといった賭け事を楽しんでもいいでしょう。
また浄土真宗は般若心経をとなえたり、座禅やヨガもしません。しかしその行為によって自分を見つめたり仏様参りできるのであれば、ぜひやって下さい。
上の一覧は浄土真宗の門信徒であってもしていても問題はありません。ただ浄土真宗の教えにおいてはあえてする必要のないことです。
していると不吉なことや仏罰を受けるとか、そんな世迷いごとはありません。神社参りはお坊さんもしますし、写経や座禅に興味を持っている人もいるでしょう。興味があるなら浄土真宗と関係がなくてもぜひやってください。浄土真宗のお坊さんは否定しませんよ。
浄土真宗ですすめられていること
浄土真宗には禁じられている行為はありません。
神社にお参りする事も、故人の冥福を祈っても、あなたがしたければしても問題ありません。ただ浄土真宗においてはする必要のないことばかりです。
では浄土真宗がすすめていることはどのようなことでしょうか。紹介します。
- お墓やお仏壇(仏さま)に手を合わそう
- 先祖・亡き人とのご縁を大切にしよう
- お寺にお参りして仏法を聞こう
- 南無阿弥陀仏の願いをたずねよう
- 仏様の信心・念仏をいただこう
- 報恩感謝の日暮らしを心がけよう
- 因果の道理をわきまえ、ありのままを受けとめよう
- 一人ひとりが尊くかけがえのないいのちと知ろう
- 生前法名を授かり仏弟子として生きよう
浄土真宗は阿弥陀仏のご本願を拠りどころとして人間生活を営みます。阿弥陀仏とは「生きとし生けるものすべてをお救いくださる仏さま」です。
悩みや障りが多く自分の力では到底救われることができない私たち凡夫のために、ただ南無阿弥陀仏の称名念仏を勧められ、仏様の方から信心や功徳を向けているのが阿弥陀仏です。
私たちは「後のことは何も心配するなよ・必ず必ず救うぞ」と誓われた阿弥陀仏の願いをただ聞きいただき、ありがとうございますとただ報恩感謝の人生を歩みます。阿弥陀様にただお任せをし、因果の道理をわきまえた生き方をしているので、占いや霊魂などに左右されるような自分中心の生き方に縛られません。ただ仏様の法にうなずいて生きているので、感謝と報恩の中に自分主体の生き方を歩めるのが浄土真宗のすすめられた道です。
なお浄土真宗にはこれといった作法はそうそうないのですが、「仏壇のご本尊は本山からたまわること」・「宗祖の報恩講のお飾りには朱蝋燭(赤いロウソク)を」は覚えておいた方がいいかもしれません。