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真宗と浄土真宗の違いってわかってます?まさか真言宗と混ってない

真宗僧侶のかっけいです。

私は自己紹介するときには真宗興正派の僧侶ですよと挨拶するのですが、そのような言い方をすると『真宗って何ですか?』という返事が返ってくることがあります。

実のことを言いますとお寺の子である私も小学生のころまでは、真宗と浄土真宗の違いというのは分かっていませんでした。もっと言えば、真宗と真言宗って名前がよく似ているから一緒じゃんって思っていたほどでした。

かなり基本的なことだと思っていたのですが、知らない人も一定数いるような印象ですので、今回は真宗と浄土真宗の関係性について説明します。

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宗旨とは何なのか

真宗の説明にはまず宗旨(しゅうし)の説明が欠かせません。

一般的な認識では宗旨という言葉は、自分の家や個人またはその寺院が所属している教団や宗派の名称だと思われているのではないでしょうか。

しかし宗旨という言葉は、単なる宗派の名称ではありません。

宗旨とはその教団や宗派の教えの要旨と示した言葉になります。

浄土真宗の宗旨は、自らの修行や善行のみを頼りにせず、阿弥陀仏の智慧と慈悲のはたらきを拠りどころとします。南無阿弥陀仏のお念仏と阿弥陀仏からのご信心により、阿弥陀仏のお浄土に生まれさせていただく教えです。

現在では親鸞聖人を宗祖と仰ぐ伝統教団は10派存在しています。

  • 真宗興正派(興正寺)
  • 浄土真宗本願寺派(本願寺)
  • 真宗大谷派(真宗本廟)
  • 真宗高田派(専修寺)
  • 真宗佛光寺派(佛光寺)
  • 真宗木辺派(錦織寺)
  • 真宗出雲路派(毫摂寺)
  • 真宗誠照寺派(誠照寺)
  • 真宗三門徒派(専照寺)
  • 真宗山元派(證誠寺)

この中で浄土真宗を名乗っているのは、皆さんが一般的に西本願寺と言っている本願寺の「浄土真宗本願寺派」だけです。(このことで皆さんが混乱しているのだと思います。)

しかしこれら10派は宗派の名称はそれぞれ異なっていますが、全ての派が親鸞聖人を宗祖と仰いでおり、宗旨は10派すべてが「浄土真宗」となります。

浄土真宗という宗旨は親鸞聖人がすすめられた浄土の真宗を意味しています。

ですので僧侶の私が人から「あなたの宗旨はなんですか」と尋ねられたら、「私は浄土真宗の僧侶です。宗派は真宗興正派です。」と答えることになります。

例えば本願寺派の人であれば、「私は浄土真宗です。宗派は浄土真宗本願寺派です。」と答えることになるでしょう。

【まとめ】

  • 真宗の伝統教団は十派あり、宗派名はそれぞれ異なる。
  • 宗旨はすべて浄土真宗である。
浄土真宗と真宗の違いを表すイメージ図

浄土真宗と真宗10派

本願寺(通称、西本願寺)を本山とする宗派のみが宗派名を浄土真宗本願寺派と名乗っているので勘違いしやすいですが、真宗十派はすべて浄土真宗が宗旨名となります。

そもそも浄土真宗とは何なのか

上の宗旨の説明で、伝統教団の(浄土)真宗○○派の寺院はすべて宗旨が浄土真宗であることを説明しました。

では浄土真宗とは何なんでしょうか。

浄土真宗という言葉を単純に言えば、浄土の真宗という言葉になります。

もう少し詳しく言えば、「浄土往生の真実の教え」ということになります。

浄土往生の真実の教えをさらに深く説明しようとすると今回のテーマと大きく外れるので別の機会で紹介しますが、宗派名に真宗や浄土真宗となのっている10派はすべて、この浄土往生の真実の教えをメインテーマとしています。

なぜかと言えば、浄土真宗では「仏説無量寿経」(大経)を真実の教えが説かれている所依の経典としているからであり、親鸞聖人が書かれた「顕浄土真実教行証文類」(教行信証)のなかにも『それ真実の教を顕さば、すなわち「大無量寿経」これなり』と紹介されています。

そしてなぜ親鸞聖人がこの仏説無量寿経を真実の教えとし、浄土真宗とされたかというと浄土宗の宗祖の法然上人の影響が大きいのです。

親鸞聖人が書かれた「高僧和讃」の中には法然上人(源空上人)について以下の様にうたわれています。

智慧光のちからより 本師源空あらはれて

浄土真宗をひらきつつ 選択本願のべたまふ

「高僧和讃」より

浄土真宗とは親鸞聖人がいい始めたものではなく、浄土宗の法然上人からの教えを引き続いた考えになります。(ここでは省略しますが、この浄土真宗の教えは法然上人よりも前のインド・中国・日本の七高僧のつながりがあり浄土の教えが導かれているのです。)

【まとめ】

  • 浄土真宗とは伝統教団である真宗十派共通の宗旨である。
  • 浄土真宗とは浄土宗の宗祖法然上人が名づけられ、その教えを引き継いだ親鸞聖人が「仏説無量寿経」が浄土往生の真実の教えと導かれた。
  • 真宗十派は親鸞聖人を浄土真宗の宗祖と仰いでいる。

(本当はなぜ親鸞聖人が「仏説無量寿経」を真実の教とうなずかれたのかを説明しなければ、浄土真宗が宗旨となっている説明不足だと思うのですが、仏説無量寿経を説明すると相当長くなるのでまた別の機会にします。ただ浄土真宗とは真宗の教法の教えを示した言葉だと思っていただけたらと幸いです。)

なぜ本願寺派は浄土真宗と名付けているのか

真宗と浄土真宗は同じ意味です。伝統教団の真宗10派は宗旨名はすべて浄土真宗であり、本山本願寺の浄土真宗本願寺派を除く9派は「真宗○○派」の宗派名をとなっています。

なぜ本願寺だけが浄土真宗と、宗派名に浄土真宗と名付けているのか疑問に思うところですよね。

ここからは豆知識程度に読んでください。(私は本願寺派の僧侶ではないので間違いがあってもいけないので)

もともと浄土真宗の呼び名は法然上人が名づけており、その教えを引き継いだ親鸞聖人が使われており、古くから浄土真宗という名称は使われていました。しかし「仏説無量寿経」の中に一向専念無量寿仏とも書かれており、阿弥陀仏の教え・浄土にひたすらに帰依することから一向宗とも周りから呼ばれていたとも私は聞いています。

私の住んでいる香川では「一向(いっこー)、ほっこー、ものいみしらず」という言葉が残っています。ほっこーとは香川の方言で「ほっこ」のことで、「馬鹿な人やあほな人」という意味です。

一向の人は世の中の吉凶や占い事といった迷信にとらわれないので、物忌みが関係ない人たちだなあと馬鹿にされていた言葉です。(好意的解釈もあります。)

しかし江戸時代から浄土宗からの要望があって、浄土真宗では「浄土真宗」となのるのを控えたそうです。ですので江戸時代からは浄土真宗はすべて「一向宗」と名乗っていました。

江戸から明治に変わると明治5年(1872年)に太政官正院から各府県へ「一向宗名之儀、自今真宗ト改名可致旨」の布告が発せられ、一向宗から真宗という名称には変更するようにお達しが出ました。

また大日本帝国の昭和15年(1940年)に宗教団体法が施行されたときに各宗教団体は、宗派名を政府に届け出さなくてはならなくなりました。そのときに届け出たのが「真宗○○派」でした。これは私の聞く限りでは、浄土宗に配慮したからだと聞いております。浄土真宗だと、浄土の真宗という認識から浄土宗は正しくないのかという誤解が生じてしまう恐れがあるからです。

そして第2次世界戦後の昭和26年(1951年)に宗教団体法から宗教法人法に改められ、宗教団体が宗教法人に改めることができるようになりました。

この宗教法人に改めるときにも、また宗派名を届けなくてはなりません。

本願寺を除く九つの派は「真宗○○派」で届け出たのですが、本願寺だけはなぜか「浄土真宗本願寺派」で届け出たのです。ここに本願寺がどのような思いがあったのか私にはわかりかねます。

  • おさらいですが、真宗10派の宗旨はすべて浄土真宗です。阿弥陀仏の教えです。
  • 宗派名はそれぞれ違い、9派は真宗○○派の名称で届けていますが、本願寺だけは浄土真宗本願寺派で届けているのです。
  • ですので真宗も浄土真宗にも違いはないのです。

できれば、本願寺だけ宗派名を浄土真宗としているのかは、本願寺派の僧侶にお聞きください。


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真宗と真言宗との違いは

ちなみにですが真言宗とは全く違います。

真宗(しんしゅう)と真言宗(しんごんしゅう)は名称・響きだけをみれば一文字増えているだけなのですが、違います。

同じなのはお釈迦さまが説かれた仏教という点だけです。

現在日本の伝統的な仏教の宗派は13宗ありますが、その中の一つが浄土真宗であり真言宗であるのです。

仏教の最終目的は仏になるということです。それを悟りや涅槃とも表現します。

しかし仏になるといっても「どこのお浄土に生まれるのか、どのような道筋でたどり着くのか」は、宗派によって全く異なります。この自分が進む道はどの仏様の教えなのかも違います。

浄土真宗とは在家仏教と呼ばれるように、日常生活を営み、悩みや苦しみの中で思い通りの人生を歩めない中で、悩みの中に阿弥陀仏の教えを信順し念仏によって力強く生きていく教えとなります。それが浄土真宗(真宗)の宗旨です。

ですので真言宗やその他の宗派と異なり厳しい戒律というのが存在しておらず、だれでもどのような境遇の人でも人を選ばず仏道を歩める教えとなっています。

宗旨名浄土真宗真言宗
宗祖親鸞
(1173~1263)
空海
(774~835)
本尊阿弥陀如来大日如来
大切な経典
  • 仏説無量寿経
  • 仏説観無量寿経
  • 仏説阿弥陀経
  • 大日経
  • 金剛頂経など

異なる点を簡単な表にしました。お経文が違っているように、教えも当然違います。

色々ちがっていますが、浄土真宗が真言宗と違っている大きな点は、浄土真宗は自分の力によってお浄土に生まれる(仏に成る)教えではなく、阿弥陀仏のすべての人を浄土に迎えたいと願われる他力の念仏を受け取っていくことです。自分の力を卑下しなさいよというのではなく、生死の問題・後生の問題というのは、自分の力では解決するのが難しく、阿弥陀仏の方から手を向けてくださっているのだから、それをただ「有難うございます」と南無阿弥陀仏のお念仏を称えていくことが浄土真宗なのです。