こんばんは。 金倉町在住の僧侶かっけいです。
2017年(平成29年)の旧正月は新暦1月28日でした。
今年はたまたま土曜日でしたので、大勢の方がお参りしてくださいました。
旧正月とは旧暦での年の初め(1月1日)ですので、捉え方によってはおめでたい日であります。
アジア圏の国によっては新暦の年初よりも旧暦の年初の方が盛大にお祝いされることがあります。
日本ではいまいちですね。
中国では春節として日本の三が日のような祝祭日がありますね。この長期の休みを利用して日本などへの旅行客が増加してきているので、日本でも旧正月が徐々に聞き馴染みのある言葉になってきているように感じます。
今回はまだ残っている地方(香川県丸亀市金倉町)の旧正月の祝い方を紹介します。
旧正月、何をするのか。(金倉町では)
神社とお寺にお参りをする。
旧暦の正月と言っても特別なことはしません。
新暦と同じようなことをします。
つまり新年を迎えられたことの報告を神様と仏様にお参りするのですね。
金倉町には1つの神社(八十主神社:やそすかじんじゃ)と
5つの寺院(東坊:ひがしのぼう、念宗寺:ねんしゅうじ、光明寺:こうみょうじ、円龍寺:えんりゅうじ、西教寺:さいきょうじ)があります。
主にお参りをしているのは老人会の方たちです。
天候のよろしくない年もあるのですが、毎年40~50名程度の方が集団で順々にお参りします。
最初は神社からお参り。
最初に八十主神社の神様にお参りします。
ちなみに祭神は八十主(大国主)です。
ここに朝9時ごろお参りして神社から各お寺に向かいます。
大体皆さん集団で移動してきますね。
それは老人会が主催しているからです。
毎年の伝統行事ですからね。勝手のわかっている方がいいでしょう。
次はお寺を順々に巡る。
その後はお寺にお参りするのですが順番が決まっています。
といっても毎年順番は変わるのですが。
金倉町にあるお寺は5つあるので金倉五か寺(かなくらごかじ)と地元では呼ばれています。
今年は自坊の円龍寺が始まりでした。
9時30分ごろに到着しましたかね。
その後は順番通りにお寺をお参りして、御本尊に手を合わします。
ちなみに金倉五か寺はすべて真宗のお寺ですので、全ての御本尊が阿弥陀仏です。
なぜ順番があるのか。
別に参るお寺に順位があるわけではないんですね。
金倉町には寺院が行事にかかわるときは昔から周る順番を入れ替える習慣があるのです。
例えばお釈迦様の誕生日をお祝いする4月の花まつりでも白い像を引っ張って次のお寺に順に毎年巡っていきます。
理由は1つです。
終点の寺院を決めるためです。
正直順番なんていいんです。
終わりが肝心なんです。なぜか。
順番にお参りするお寺ではお茶やストーブといった暖をとる接待を受けるのですが、それ以上のことは格別しません。お参りに来た人が各自で手を合わしていくのです。
しかし最後のお寺では違います。
最後のお寺には役目があります。
それはお勤め・法話と食事の接待です。
ただ神社と寺院を参るだけでは味気ないでしょう。
そこで五か寺では最後のお寺がお勤め・法話を本堂でし、続けてお参りの方にお食事を振る舞うのです。言うなれば報恩講法要のようなことをするのです。
このお勤め・法話はお寺の僧侶がするのですが、お食事は婦人会の方がされていました。例年はおうどんとお寿司ですね。調理場はお寺の給湯室を貸して、材料も一部負担したと思うのですが、基本的に婦人の方々がしてくださいます。
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さいごに
なぜ旧正月は日本では祝われにくいのか。
なぜでしょうね。
はっきりとした答えは無いような気がします。
しかし完全に外国の文化ではないとも感じます。
現にここ金倉では古くからお祝いしていましたし、日本各地でも盛大にお祝いしているところがあります。
そこで私なりに旧正月がお祝いされにくい理由を考えてみました。
- 旧正月は新暦では月日が固定されていない。
- 新暦での新年のお祝いがすでにされている。
- 年によっては立春よりも後になってしまう。
- 日本の社会が新暦に準拠している。
日本の社会は新暦ではイベントが決まっていることが多いですね。一部上巳の節句の雛祭りや端午の節句のこいのぼりなどの五節句などが残っているものがありますが、旧暦の弱点は日付が新暦では固定できないことですね。ですので残っているイベントは旧暦の日をそのまま新暦の日に置き換えていますね。正月もそうです。
この月日を固定できないのは現代の新暦基準の世の中では不便なものです。社会が旧暦によって休暇やイベントをするとなると、毎年勝手が変わるため負担がかかります。効率的ではないので現代では受け入れられにくいですね。
また新暦での新年のお祝いが既に行われているので、もう一度新年のお祝いをするのは感覚的におかしいですね。私は中国の方に新暦の正月はお祝いするのか聞いたことがあるのですが、祝うにしても控えめにするそうです。やはり本格的なことは春節らしいです。
同じことで二度お祝いするのは難しいですね。休みが増えるのなら大歓迎されそうですが。
そして新年をお祝いすることは春を迎えることですね。
新年の挨拶でもハガキに「頌春」や「初春」、「迎春」、「寿春」などを用いますね。しかし年によっては立春よりも早かったり遅かったりと、旧暦での春の始めとずれが生じてしまいます。これも勘違いというか、感覚のずれを引き起こしてしまう要因な気がします。
ではどういうところで行われているのでしょうか。
これも私の想像です。
(現代の新しいイベントとしての旧正月は考えていません。)
- 一つは大陸の文化的影響の強い地域。
- もう一つは農事に携わっている地域。
一つは中国系の文化が残っている(共存している)地域は古来より中国で使われていた中国暦をもとに行事をしていたりします。日本の旧暦にも関係しているので、日本でも明治六年の一月一日に新暦(グレゴリオ暦)に改暦されるまでは日本もこの旧暦による行事が行われていたはずです。しかし伝統行事としては一部の地域で旧暦でも残ることになったと思います。その中で一月一日に改暦されたこともあって、新年は新暦が都合がよかったのではないのでしょうか。沖縄や中華街などの大陸色が強い所は引き続き旧暦で行われてきたのではないかな。
あとよく言われるのが、農事は太陰暦がかかわってきていることです。
月の満ち欠けが農事とは関係がないと言われる人もいるかもしれないですが、種まきから耕起、植え付け、収穫など気にする機会は多々あります。また旧暦(太陰暦)の方が新暦(太陽暦)よりも実際の季節感と合致しているような感じがしています。
木々の芽吹きもそうです。立春で梅が咲き始めたり天候が変化するのを感じます。(え。気のせいですか)草葉も急に成長します。
農事といった旧暦と一部関係を持っている地域は旧暦の行事も引き続き行ってきたのではないでしょうか。
もし旧正月を祝う環境にするにはどうしたらよいのか。
途中でもさらっと言いましたが、簡単なことではないですね。
一つは「旧暦の正月を休みにすること」
もう一つは「新暦の正月の代わりに旧正月を年初にすること」
旧正月は祝日じゃないんですよね。今年はたまたま土曜日でしたがそんな年も多くないですし、仕事がある日に新年のお祝いができますか。できませんよね。まとまった休みがあれば正月気分になれるかも。
またすでに新暦で新年のお祝いをしているのに、ひと月近くたってもう一度お祝いするのは何となくおかしいですよね。ですからもしも旧正月でお祝いをしたいのなら、新暦の正月を控えめにしないと駄目なんじゃないですかね。
ここまでして旧正月のお祝いを無理にするものではないでしょうね。
今の世の中は新暦で物事が動きがちなんですから。
感想
個人的には正月気分を味わうためには年賀はがき(お年玉付き郵便はがき)の当選日を1月15日の小正月じゃなくて、旧暦の正月に当選発表をした方がいいと思います。
毎年当選日が変わってややこしくなるかもしれないですけど、こちらの方が季節感を感じられそうです。
来年は円龍寺が金倉お正月参りのラストだったと思います。
4年に一度しか回ってこないですので、細かいことがうろ覚えですからいろいろ準備・確認しなければなりません。大変だわ。