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仏具のお鈴(りん)は鳴らす必要がないのに分かってくれない

投稿日:2017年4月10日 更新日:

こんばんは。 真宗僧侶のかっけいです。

お坊さんの私がご門徒さん宅での仏事に行きますと、後からやってきたお参りの参列者が次々とお仏壇の前に行き、お供えやお香料を置き合掌をし、さらにお鈴(おりん)を「ち~ん」と鳴らします

もう私は幾度となく「御本尊に手を合わすときにはお鈴を鳴らす必要はないんですよ」と説明しても、忘れているのか信じていないのか、毎度のように鳴らしていきます。

つい最近、お寺にお参りに来た人もわざわざお寺にある大きなりん(大鏧:だいきん)を鳴らしていいですかと尋ねてきたり、帰り際にはしっかりとお寺の鐘楼にある大きな梵鐘をさも当然のように撞いて帰りました。

どうしてこんなに音を鳴らしたいんでしょうかね。ちょっと考えてみました。

注釈*お鈴を鳴らさないのは浄土真宗の考え方ですので、全ての宗派に共通する考えではありません。注意してくださいね。
私は浄土真宗のお坊さんですから。真宗の立場で発言しています。

おりん(鈴)


お鈴を鳴らす人の主張

お鈴を鳴らす人から実際にどうして鳴らすのですかと聞きますと以下のようなことが主に返ってきます。

  • 亡くなった人に、もしくは仏様に参ってきたよ~という挨拶。
  • 今から手を合わすのでこっちに気づいてくれよという仏様への挨拶。
  • ち~んという音色がお浄土まで響くからだという不思議な理論。

言いたいことが分からなくはないのですが、ちょっと真宗的な考えとはかけ離れていますね。

一言で言うならお鈴を鳴らす理由が全て自分の目線、すなわち独りよがりの判断ではないでしょうか。

神社にある鈴と混同していませんか?

私の中でどうして皆さんが仏さん参りをした時にお鈴を鳴らしたがるのか考えた時、一つの仮説に至ります。

神社の鈴と勘違いしていませんか

神社拝殿の鈴

神社の拝殿の賽銭箱の上には鈴(すず)がありますよね。

神社にお参りに行く人はほぼ全員がこれを鳴らしますね。

鳴らす理由としてはいくらかあります。

  1. 参拝者を敬虔な気持ちにさせる。
  2. 参拝者の穢れを落とす。祓い清める。
  3. 神様をお招きする。参拝に気が付いてもらう。
  4. 神霊の発動を願う。

もうねこれが、仏様参りのときにお鈴を鳴らす理由と合致していると思いませんか。

神社とお寺は違いますし、神様と仏様ももちろん違います。

しかしひょっとしたら多くの人はこのことを知らずに、神様へのお参りと仏様へのお参りをごちゃ混ぜにしているのではないでしょうか。

なぜ真宗ではお参りの時にお鈴を鳴らさないのか。

皆さんに質問です。

Q.お坊さんが合掌礼拝(手を合わして頭が下がっている行為)の時にお鈴を鳴らしている光景を見たことありますか。

A.いいえお鈴を鳴らさないですよね。合掌礼拝の時に「ち~ん」と鳴っていないですよね。

Q.お坊さんが寺院に参詣したとき、梵鐘を撞きに行きますか。

A.行くわけないでしょう。それこそやかましいと苦情が来ますね。

これはお鈴や鐘を鳴らすことが、仏様や故人に挨拶をしているのではないということです。

仏様を信じてください。

仏様は神様と違い常に私たちを見ています。気が付いているか気が付いていないかは別として。

真宗でお勤めされる「正信偈(正信念仏偈)」にはこの一節があります。

大悲無倦常照我(だいひむけんじょうしょうが)

阿弥陀仏の大慈・大悲というのは常に私たちに向けられています。

神様のように鈴を鳴らさないとその神霊の加護を頂けないのとは違っていて、私たち人間が仏様の方にわざわざ向かってお参りしているのだから気が付いてくれよと言うのではなく、仏様からの呼びかけ・感謝に応える姿として合掌礼拝をするのです。

鈴を鳴らさなくても常に常に仏様はこちらを見ています。

余談ですが、なぜ私たちが仏様の大慈大悲に気が付かないかと言えば、煩悩によって遮られているからです。そのことを正信偈では「煩悩障眼雖不見(ぼんのうしょうけんすいふけん)」と表現されています。

まとめ

お鈴を鳴らし音を出さなくても仏様は常に私たちに大慈大悲のはたらきをしているので、報恩感謝の姿である合掌礼拝にはお鈴を鳴らす必要がない。

インターホンのように音を鳴らすのは自分勝手なはからいであり、仏様の救いの目当てであることに気が付こうとしていない姿ですし、自分が音を出すことで仏様や故人を自由に操作できるという思い上がった考えではないでしょうか。

真宗でお鈴を鳴らす役割とタイミングは。

結論から言うと、読経時のみです。

読経以外ではお鈴を鳴らすことはありません。

お経本の最初・途中・最後でお鈴を鳴らす印が最近のお経本には記されています。

鈴を鳴らす位置

そもそもお鈴の役割にはサインと確認があります。

  • 今から読経を始めるというサイン。
  • 読経の内容の節目が来ましたというサイン。
  • 読経の終わりが来たというサイン。
  • お勤め時の声を出す音の高さの確認。

正直お鈴が無くてもお勤めはできます。

しかしお鈴を鳴らすことで気を引き締めてお勤めすることができますし、読経開始時の声の調子を合わせるのも容易になります。

 

さいごに

私が浄土真宗では合掌礼拝時にお鈴を鳴らす必要がないんですよ。と言っても「いいやあそこのお坊さんはお鈴を鳴らしてくださいと言われました」や「鳴らさないと寂しいじゃないですか」と返事をされることも多々あります。

宗派が違えば考え方も変わるでしょうから私もお鈴については口酸っぱく言いたくありません。

しかし最近ではインターネットの普及のせいか、「ネットではこう書いてありましたよ」と言って一部の考えが全てで共通の考え方だと勘違いしたり、ネットで書いてあることが間違いのない正しい情報だと思い込んでいる場合もあります。

今回の内容は浄土真宗の場合におけるお鈴の事情です。他の宗派では当てはまらない可能性が大いにあります。不明な点は檀那寺さんに尋ねるのが一番間違いがないことです。


余談ですが、お鈴には秘めたパワーがあると信じている人もいます。

葬儀式前夜のお通夜から一晩中故人の枕に付き添ってお鈴を鳴らし続けた人がいます。

その方曰く、「○○が浄土まで故人を一歩ずつ導いてくださっているんですよ」とおっしゃっていました。故人を思ってのお鈴を鳴らす行為ですから私もそれ以上何も言いませんでした。

世の中にはいろんな考えを持った人もいるので、その考え方も受け止めていく必要があるでしょうね。

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