Podcast: Play in new window | Download
第318回目のラジオ配信。「下駄(げた)」がテーマです。(BGM:音楽素材MusMus)

かっけいの円龍寺ラジオ
これは香川県丸亀市にいるお坊さん、私かっけいの音声配信です。
前回の第317回では、雨の日のお坊さんの履き物「雨履き」についてお話しましたね。
雨の日には歩きやすいように雨履きを履いていますが、それでも足袋のかかとが濡れてしまう悩みや、滑らないように気をつけて歩いている、そんなことを話しました。
今回は、それに関連した続きの話、「下駄」についてのお話をします。
さて皆さんは、お坊さんの履き物と聞いて、どんな足元を思い浮かべるでしょうか。
草履でしょうか?雪駄でしょうか。あるいは、カランコロンと音を立てる下駄を思い浮かべる方もいるかもしれません。
今は下駄を履いているお坊さんを見かけることは、ほとんどないと思います。私自身も、ほぼ見かけません。
私のとこのお寺、円龍寺の本堂や玄関には下駄を置いていますが、履く機会もあまりありません。
でも実は、昔の日本人にとっては、下駄は日常生活で役に立っていた履き物だそうです。
下駄の何が良かったと思いますか?
それは舗装されていない地面むき出しの土の道が当たり前だった時代には、地面の湿り気や泥を避けるために、歯の高い下駄はとても便利だったそうです。高さがある分、足のすそが汚れにくいんですね。
下駄の特徴は、何といってもあの「歯」です。台の下に二本の歯がついていて、その分だけ地面から足が高くなります。また、歯は地面との接地面が少なくなっています。
だから多少の水たまりやぬかるみがあって、間違って踏んでしまっても、水があまり跳ね返らず、足袋が濡れにくい仕組みになっているわけですね。
前回お話しした雨履きは、舗装された路面が多くなった現代に合わせた、いわば「現代的な雨対策用の履き物」です。
ですが、昔々は下駄が雨対策でもあり、ぬかるんだ地面を歩くのに便利な履き物だったわけです。
もちろん下駄は、良いことばかりではありません。デメリットもあるので、今ではほとんど履かれていません。
まず第一に、下駄は慣れていないととても歩きにくいです。普段から日常的に履いていれば歩くのに不自由しないでしょうが、たまに履くとなると、地面との接地面が少ない分、不安定で歩きにくいです。
それにまた、舗装された路面やアスファルトの上とは相性が悪いです。
良くも悪くも、カタカタ、カランコロンと音が響きます。非常に目立ってしまうわけです。
それにきれいに磨かれた石の上を歩くと、イメージとしてですが、石が傷つくらしいです。
住職に聞いた話ですが、30年以上昔、あるホテルで、下駄を履いて歩かないでの張り紙があったそうです。ホテルのフロントの磨かれた石が下駄で歩くと傷がつくらしいからです。本当に傷がつくのかどうかは分かりませんが、あの音を立てて歩いていると、「大丈夫かな」と不安になる気持ちは分かる気がします。
また舗装されていない道路でも、急いで歩くと、ごくまれに歯と歯の間にものが挟まることもあります。挟まらなくても、大きいものが、歯にあたることでずりっといってしまうことがあります。
私も若い頃、調子よく歩いていて、突然ガクンとバランスを崩したことがあります。転ばなくてよかったものの、冷や汗をかいた経験があります。
あと個人的にはこれが致命的なんですが、下駄は車の運転が難しいです。
草履や雪駄は接地面が広いので、車の運転は全く問題ないです。
ですが、下駄は歯があり、接地面が狭いので、アクセルとブレーキが踏みにくいです。車に乗るたびに、履き物を変えるくらいなら、最初から下駄は履かないですよね。
下駄にはそんなデメリットがあります。
都会では舗装された道が多く、地方では車移動が中心ですよね。
そう考えると、どちらにしても、下駄を日常的に履くのはなかなか難しい時代なのかもしれません。
もちろん下駄には独特の良さがあるんですよ。
不安定だから立っているときの姿勢が良くなるとか、足の風通しがよいとか、慣れたら、ぬかるんだところやでこぼこしたところ、いわゆる悪路でも歩くことができるようです。
ただ、日常的に履くことがなくなった今では、そういった悪路で下駄を履いても、やっぱり歩きにくいという感想しか出てこないのだと思います。
履く機会が減り、たまにしか履かないから良さが感じられず、結果、まったく履かれなくなる。下駄はそんな悪循環になっているのかもしれないです。
私も普段のお参りでは草履・雪駄が中心です。
下駄を履いてお参りに行くことはありません。
それでも、たまに本堂の前やお寺の境内で下駄に足を通すと、背筋が少し伸びる気がします。
履き物が変わると、歩き方も変わります。
歩き方が変わると、心持ちも少し変わるのかもしれません。
今回はお坊さんと下駄のお話をしました。

この下は、以前、下駄について書いていたブログ記事です。今回のお話の元になった文章です。

お坊さんの履き物と聞いて、どんな姿を思い浮かべますか。
- 草履でしょうか
- 雪駄でしょうか
- カランコロンと音を立てる下駄でしょうか
今では下駄を履いてお参りに行くお坊さんを見かけることは、ほとんどないかもしれません。私自身もほぼ見かけませんし、普段のお参りでは草履や雪駄が中心です。
それでも本堂の前や境内には今も下駄を置いています。履く機会は少ないのですが、時々足を通すことがあります。
昔の道と下駄の相性
昔の日本では舗装された道路はほとんどありませんでした。土の道が当たり前で、雨が降ればぬかるみになります。
そんな時代に活躍していたのが下駄です。
下駄の特徴は、台の下についた二本の「歯」。地面との接地面が少なく、足元が高くなる構造です。
高さがある分着物の裾が汚れにくく、多少の水たまりを踏んでも足袋が濡れにくい。ある意味で下駄そのものが昔の雨対策でもあったわけです。
今お坊さんが雨の日に履いている雨履きは、舗装路が多くなった現代に合わせた履き物です。
でも昔は下駄がその役目を担っていたわけです。
下駄のデメリット
下駄は良いことばかりではありません。
まず慣れていないと非常に歩きにくいです。歯がある分不安定です。たまに履くと思った以上に足元がぐらつくのを経験されたことがある人も多いのではないでしょうか。
舗装されたアスファルトとの相性も決して良いとは言えません。
カランコロンという音は風情がありますが、場所によっては目立ちすぎます。
住職から聞いた話では、昔あるホテルで「下駄で歩かないでください」という張り紙があったそうです。磨かれた石の床が傷つくからというのが理由のようです。
本当に傷がつくかどうかは分かりませんが、あの音を響かせながら歩いていると、確かに少し不安になる気持ちは分かります。
さらに、舗装されていない道では歯と歯の間に石が挟まることもあります。私も歩いていて突然バランスを崩し、冷や汗をかいたことがあります。
そして現代ならではの問題が車の運転です。これが致命的な欠点です。
草履や雪駄は接地面が広いので問題ありませんが、下駄は歯があるためアクセルやブレーキが踏みにくい。車移動が多い今の生活ではどうしても不便です。
都会では舗装された道路が中心で、地方では車での移動が中心です。
どちらの状況にしても、下駄を日常的に履くのは難しい時代となっています。
広告 - Sponsored Links
それでも感じる下駄の良さ

それでも下駄には下駄の良さがあります。
- 足元が不安定な分、自然と姿勢が良くなります
- 足元が高く、足の風通しも良くなります
- 慣れれば悪路でも問題なく歩けるそうです
今は履く機会が減ったため、その良さを実感する前に「歩きにくい」という印象だけが残ってしまうのかもしれません。
- 履く機会が減る
- → 良さを感じにくい
- → さらに履かれなくなる
- → 良さを感じにくい
下駄はそんな悪循環になったのかもしれません。
ですが、私はたまに境内で下駄に足を通します。すると不思議と背筋が伸びる感覚があります。
履き物が変わると歩き方が変わります。歩き方が変わると心持ちも少し変わる気がします。
いつもと同じお寺の場所なんですが、どこか新鮮な気持ちがします。



