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お彼岸はお寺に行ってお坊さんのお話しを聞くチャンスやで。

投稿日:2017年9月5日 更新日:

こんばんは。 真宗僧侶のかっけいです。

今年2017年の秋お彼岸の時期って知っていますよね。

  • 秋彼岸の入り:9月20日(水)
  • 秋分の日・お中日:9月23日(土)
  • 秋彼岸明け:9月26日(火)

秋分の日を中心として前後3日間、計1週間が秋のお彼岸時期ですね。(秋分の日は年によって違いますよ)

秋のお彼岸って何をするか知っていますか。

余計なお世話かもしれんけども『国民の祝日に関する法律』の第2条で、秋分の日は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ。」って法律で決められとるんですね。

一般的には家族そろってお墓やお仏壇に参り清掃し手を合わすことがお彼岸の過ごし方ですね。

で、私が言いたい今回のお題。

お彼岸の頃って、お寺に行ってお坊さんのお話を聞くチャンスだよ

その理由について説明します。


なぜお彼岸の時期はお寺に行くチャンスなのか?

お寺はお坊さんのお話を聞くことができる場所。

お寺ってどんな建物だと思いますか。

お寺を一言で表すなら仏様(ご本尊)を安置している所と説明できますが、それだけではないですね。

人が集まり、仏法を聞いていく場所、念仏を称えていく場所とも言えますね。

人が集まらなければお寺じゃなくてもいいんですよ。家の仏壇でも仏様に参ることができるのですから。

なんでお寺に人が集まると思いますか。

いろいろな理由がありますが、一つにはお坊さんの話が聞くことができるからでもあります。

お坊さんの話って何だと思いますか。

仏様の説かれた法をなるべくわかりやすく紹介することですね。(料理の仕方やブログの書き方を話すとは思わないでしょう。)

浄土真宗のお寺は念仏道場とも言われます。

南無阿弥陀仏の念仏をひたすらに唱えるための場所ではないですよ。私に届けられた南無阿弥陀仏の名号を確かにいただくために、仏の教えをたずねていく場ということです。

お彼岸は話を聞きに行く機会に恵まれている。

お寺とは仏様にお参りするだけでなく、仏法をお坊さんにより分かりやすく聞くことができる場所なんですが、いつでもお坊さんのお話しが聞けるわけではありません。

お坊さんはお寺に勤めるだけでなく、菩提寺や檀那寺といわれるお寺には檀家や門信徒といわれる人がいます。

お坊さんの日常はお寺を護持運営していくことだけでなく、祥月命日や年忌法事などのお勤めで檀家のお仏壇・お墓にお参りすることもありますし、また研修会・勉強会・講習会に参加していることもあります。

ですので「今日、お坊さんのお話を聞きたいなあ」と思ってお寺に来られてもお坊さんは対応できないことがほとんどです。

じゃあ、どんな時にお坊さんの話を聞くことができるのか。

それがお彼岸の時期なんですよ。

お彼岸の頃はお寺で法要が営まれます。彼岸会や永代経法要と言われます。

お寺には年に数回法要があります。浄土真宗であれば、春秋のお彼岸に時期に彼岸会または永代経法要、年末年始には報恩講法要があります。

お寺の法要日はお彼岸や年末年始時期など、それぞれにいわれがあって決められています。

9月はお彼岸があり、浄土真宗のお寺では太陽が真西に沈む彼岸の中日が1年で最も阿弥陀の浄土を想うのに優れた日としています。

そのことから浄土真宗では秋の9月10月のお彼岸周辺に、各寺で彼岸会法要は永代経法要が勤められているのです。

涼しさを感じられる時候でもあるのでお彼岸にはお寺で法要が営なまれやすいのです。

このお彼岸の9月は本当にお寺での法要が多いんですよ。

お坊さんも普段お付き合いしているお寺の法要にお参りに行くのですが、私の場合、今年の9月は13カ寺のお寺に参る予定です。

私がお参りするお寺だけで9月のひと月で13カ寺もお参りするのですから、私が行かない所のことを考えれば、周辺のお寺では毎日必ずどこかで法要があると言えるでしょう。

皆さんも知らないだけで、この9月のお彼岸の時は近くのどこかのお寺で法要が営まれている可能性が十分にあるんですよ。

ちなみにお彼岸の時期に法要があるのは浄土真宗だけでなく、その他の仏教宗派でお彼岸を縁として何かしらの法要が営まれていることがあります。

まとめ。お彼岸は法要が多い。

お寺の法要には仏旗の掲揚

お彼岸の時期はお寺でお坊さんの話を聞くチャンスが多いです。

なぜならお彼岸は時候がよく永代経法要や彼岸会法要などが勤めらるから。それは浄土真宗以外のお寺でもお彼岸に何かしらの法要が勤められていることがあります。

普段なかなかお坊さんのお話を聞く機会に出会うのは難しいのですが、お寺の法要とはお経を読むだけでなくお参りの人にお話をする場でもあります。

法要時のお寺では自坊の僧侶ではなく、他所の寺院の僧侶を布教使として法話を依頼することが多く、普段祥月や法事で檀那寺のお坊さんのお話をよく聞いた人もまた新鮮なお話を聞くことができます。

だから私は「お彼岸っていうのは、お寺で仏法を聞く開会に恵まれている時なんですよ。」と説明しています。

ただ……お寺にお参りするのは現実的に難しい……かも。

お彼岸周辺時期の9月10月は多くのお寺で法要があります。

お坊さんのお話を聞く場所や場面、機会がないと言う人もいますが、実際には溢れているほどです。

でもですね。私はお寺の人間ですから感じることがあるのです。

お寺にお参りする人が少ないことを。

お坊さんの話を聞いてみたいと思っている人はそれなりにいるでしょう。

でもお寺にまで行って聞いてみようと思う人は少ないのかもしれません。

初めてのお寺に行くのは緊張しますし、変な勧誘にあったらどうしようとか、変な目で見られたり、居場所がなかったらと悩んでしまうと、「やっぱり行くのや~めた」と行くのを断念するかもしれません。

それにお寺にお参りするということは少しばかりでもお金を包んでいくのが基本です。

それは法施という布施をお寺よりいただいているので、財施という布施でお返しする形でもありますし、お寺を維持するための懇志でもあります。

1000~3000円程度を包むことが多く、お金や時間をかけてまで(初めての)お寺にお参りしようと決断できる人は少ないのかもしれません。

仏法というのは日常生活の中ではなかなか出会い、聞くことができません。

生まれた時から仏教にご縁のある家庭の場合は、家族に連れられてお寺にお参りすることができたり、友人を通じて一緒に初めてのお寺の法要に行くことができたりもします。

お寺との付き合いがなかった人の場合、いざ日常生活から離れて、時間やお金を費やしてお寺にお参りしようとしても、ひょっとすると家族や知り合いから変な人になったと白い目で見られてしまうかもしれません。

お寺からすれば、お話を聞きたい人・仏法に触れてみたい人はぜひお寺の法要にお参りしていただきたいのですが、なかなかお参りの人の立場にたちますと、お寺でどれだけ法要があってもお寺に行くのは難しいのかもしれません。

またこれは今風の考え方かもしれませんが、なかなか仏法と真剣に向き合おうと思っている人が少ないような気がします。

  • お寺から法要の案内があったから。
  • 檀那寺とのお付き合いだから。
  • 地域や親戚の目があるから。

などと取り合えず仕方なくお寺にお参りしとくか、の人が多いような気がします。

ですので布教使の先生のお話の時でもふんぞり返ったり、眠っていたり、腕を組んでいたりと到底ありがたいお話を聞こうという姿勢には見えないところです。(本人は真剣に聞いているかもしれませんが)

私は健康だから大丈夫、私は仕事があってお寺に行くのは疲れるなどと自分のことに理由をつけてお参りに行かない人も多く、仏法というのが生活に人生にとって大切なことだと感じていないのかもしれません。

お寺の法要とは皆さんにお坊さんのお話を聞く場、つまり仏法に出あっていくところなんですね。

お坊さんはお寺へのお参りを勧めているのですが、現実にはお参りしにくいのかもしれません。


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さいごに。お寺の法話を聞くのはありがたいよ。

お寺の法要というのは主に2つのことをします。

読経」と「法話」です。

読経と法話は、家でする法事でも一緒じゃないのと思うかもしれませんが、少し違います。

お寺での読経というのは、多くのお坊さんがお参りしご仏前にて賑々しくお勤めをします。

お寺での法話というのは、1時間以上と長く、普段とは異なったお坊さんがお話をすることもあり、仏様の法・教えについてわかりやすく違った切り口で説いてくれるんですね。10分や15分程度のお話と違って、お坊さんも伝えたいことを時間をかけてじっくりとお話しすることができるんですね。

家で聞くお坊さんのお話とはまた違った感じのお話をお寺では聞くことができるので、ぜひ一度でもお寺の法要にお参りしていただければなあと思います。

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