令(れい)と寿命(いのち)の漢字

真宗の僧侶のかっけいです。

2019年5月から令和(れいわ)の元号が使われますね。万葉集の「初春の令月にして 気淑く風和らぎ」からだそうで、非常に良い意味の言葉らしいです。

言葉の良し悪しは私には判断できませんが、「令」という文字を見て、私はまっさきに「寿命」という言葉が思い浮かびました。

浄土真宗は無量寿(いのち)の教え

浄土真宗という仏教宗派のメインテーマは「いのち」です。

所依の経典は仏説無量寿経であり、「はかることのできない命」の教えです。

仏教では「いのち」のことを、「寿命(じゅみょう)」と表現します。

寿命の言葉は当たり前に使いますが、よくよく漢字をみますと、「いのちいのち」と、いのちを繰り返し表現しています。

寿命はどちらもいのちの意味を持ちます。

  • 寿は、時間的な長さを示すはたらき
  • 命は、身体を維持するはたらき

いのちはただ体を失うだけではありません。過去から未来、そして今のつながりがある流れです。

死んだら終わりが仏教の教えではありません。だから仏教では「いのち」のことを「寿命」と表すのです。

命は口と令からなる言葉

さて「命」という漢字は、「口」と「令」からできているとされます。(漢字の成り立ちには諸説あります)

令は、膝を曲げた状態の人が、神仏に拝んでいる様子を表しているとされます。

命は「口をもって、神仏に向きあっている」漢字です。


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命は口によって令す

命というのはただ与えられるのものではありません。ポッとでてくるものではありませんよね。

口に出して伝え、口に出して名前をいだきます。名前を親からつけられ、その名前を繰り返し口にするなかで、だんだんと自分の命とつながっていきます。

仏教では戒名や法名という名前をいただきます。また仏の名前を何度も何度も口に出します。

いのちというのは私が自由できるものではありません。私がつくったものでもありません。しかしそのことになかなか気が付きにくいのです。

いのちというのは物ではありません。しかし名前を頂くことで、だんだんと大切な命だと気が付くのです。

命は口によって申されます。いのちがだんだん命となって私とともになるのです。

命は口によって令します。

浄土真宗の人々が南無阿弥陀仏と仏の名を口にします。それはいのちの名を口にしていく中で、また仏からもいのちが私たち一人ひとりに対して呼びかけられているからです。

ちょっと話が長くなったけども、新元号の令和の「令」を見て、「寿命」がすぐに浮かんだのでササッと書き綴りました。

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