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釈迦族の滅亡.#147

第147回目のラジオ配信。釈迦族の滅亡より「仏の顔も三度」と「親族の陰は涼しい」を話した。(BGM:音楽素材MusMus)

ラジオテーマの内容まとめ
  • 仏の顔も三度は、元々は「仏の顔も三度なずれば腹を立つ」という江戸時代以降のことわざ
  • カピラ国は釈迦族という部族が治める国
  • コーサラ国は大きな国であり、仏教にあつい国
  • コーサラ国の王は釈迦族の王族の娘を寄こすよう要求
  • 釈迦族は美しいが身分の低い女性を偽って送った
  • コーサラ国の王子はその女性の子供
  • 王子は子供の頃にカピラ国に留学し、自分の出生を知る
  • 王になるとすぐに釈迦族を滅ぼそうとカピラ国に侵攻
  • お釈迦様は枯れ木の下に座り「親族の陰は涼しい」とさとす
  • 王は2度引き返すが、3度目の侵攻にはお釈迦様は現れなかった

かっけいの円龍寺ラジオ

この番組では香川の浄土真宗のお坊さん、私かっけいが、短い雑談をするラジオです。

先週のラジオでお話したように、香川では8月がお盆の月なので、お墓や寺へお参りに来られる人が多くなります。

それで私も生垣の刈込や草刈りなど、寺の清掃をしているのですが、やっぱり気温が35度にもなるこの時期はとっても暑く、少し作業をしたらすぐに日陰に隠れて休みます。

そうして日陰に隠れますと、気温は暑いんですけども、す〜っと抜ける風がなんとなしにひんやりと涼しく感じられ、それと同時に、お釈迦様が言われた「親族の陰は涼しい」の言葉が思い起こされます。

そんなわけで、2022年8月2日配信予定の今回は、「親族の陰は涼しい」と「仏の顔も三度」について雑談していきます。

ちなみにですが、仏の顔も三度という言葉は、元々は「仏の顔も三度なずれば腹を立つ」という江戸時代以降からのことわざで、穏やかな人でも、たび重なるといずれは怒るというたとえで使われるようになりました。

それで皆さんは仏の顔も三度ですが、怒らないのは3回目までなのでしょうか、それとも2回目なのでしょうか。

それも合わせて、この仏の顔も三度の由来になったお釈迦様のお話、「親族の陰は涼しい」のお話をしていきます。

お話の舞台は今から2500年ほど前のインドの北の方にあったカピラ国とコーサラ国でのお話です。

カピラ国とは釈迦族という部族が治める国で、お釈迦様は釈迦族の王子として生まれます。

王子として生まれたお釈迦さまですが、お城を出て、やがて悟りをひらき釈迦仏・仏となりました。

そしてもう一つの国にコーサラ国があります。

当時のインドには16の大きな国があったとされ、その中の一つがコーサラ国であり、釈迦族のカピラ国はコーサラ国の属国であったとされます。

コーサラ国は仏教にあつい国でもあり、あの有名な祇園精舎があるのも、このコーサラ国の場所です。

それで当時は他国との政略結婚といいますか、他国の王族同士で結びつきを強くするのがあったとされます。

そんなわけで、コーサラ国の王は、お釈迦さまを輩出したカピラ国の釈迦族に対して、王族の娘を嫁によこすようにします。

しかし釈迦族はプライドが高かったのかはわかりませんが、王族の娘をコーサラ国に出すことに反対したとされます。しかし要求に従わなければ、滅ぼされる可能性もあります。

そこで釈迦族の大臣が、自分の元で働いていた身分は低いけれどもとっても美しい女性を、釈迦族の大臣である自分の娘と偽って、コーサラ国に送るようはかりました。

コーサラ国の王さまは釈迦族と縁を結べたことをすごく喜び、その美しい女性との間に、王子を産みます。

その王子は、母の里であり祖父の大臣の元、弓を扱うことに優れていたカピラ国に子どもの頃に留学するのですが、このときに事件がおこります。

カピラ国ではお釈迦様・釈迦仏のために建てていたお堂があったのですが、まだお釈迦様や僧侶たちが入ってなかったお堂に子どもだった王子は入り、仏が座る予定だったところに立ってしまいます。

それに怒った釈迦族の人たちは、この王子は身分の低い子供だと言い、お堂から追い出したのです。

これがコーサラ国の王子の心を傷つけ、釈迦族を滅ぼすことを決意したとされます。

やがてコーサラ国は王が亡くなり、この王子が王位をつぎ、すぐにカピラ国に攻め入ります。

コーサラ国の新しい王が、カピラ国・釈迦族を攻め滅ぼそうと軍を引き連れていることを知ったお釈迦様は、コーサラ国とカピラ国を結ぶ道にある枯れ木の下に座ります。

コーサラ国から来た王は、お釈迦様が枝葉のない枯れ木の下に座っていることに気がつき、お釈迦様に尋ねます。

「お釈迦さまよ、林には青々と茂った木があるのに、どうして、枯れ木の下で座っておられるのですか」と。

これに対して、お釈迦様があの有名な言葉で返します。

「枯れ木でも、親族の陰は涼しい」と。

その言葉を聞いたコーサラ国の王はハッとして、攻めることを思いとどまり、軍を引き上げて帰ります。

しかし城に戻った王は、幼い時の怨みを忘れることができずに、再びカピラ国に攻め込もうとします。

するとふたたびお釈迦様は座って待ち、攻めることを思いとどまらせました。

しかし三度目の侵攻のときには、お釈迦様は現れませんでした。

お釈迦様の弟子の目連は、お釈迦様に対して私が代わりに釈迦族を守ることを提案しますが、お釈迦様は、この宿縁は変えることができないものだと言われました。

コーサラ国の王は、3度目にしてカピラ国に攻め込み、釈迦族を滅ぼしたとされます。

だいぶ端折って手短に話しましたが、これが「親族の陰は涼しい」と「仏の顔も三度」の2つの有名な言葉の元なんですね。

仏の顔も三度とは、三度目には仏も怒るという意味ではなくて、変えることができない縁(宿縁)というのはそのまま受け入れるということです。

枯れ木でも親族の陰は涼しいという言葉ですが、当然、枯れ木には、日陰を作り出す繁った葉はなく、暑さをやわらげる役目はありません。

ですが、どんなに枯れて枝葉のなく日陰を作ることができないものであっても、親族の木陰、世話になったものの作り出す木陰は涼しく感じられるのです。

お釈迦さまは滅ぼされるであろう故郷が、たとえ滅びてしまっても、故郷や親族、自分に至るご縁をいただいたあらゆるすべてものが、自分を育ててくれた大切なものに変わりはないことを悟り、その想いが「枯れ木でも親族の木陰は涼しいものですよ」の言葉となったのでしょう。

釈迦族を滅ぼそうと血眼になっていた王も、釈迦族の王族の子ではなかったにしても、釈迦族と縁のある身であり、お釈迦様の言われた意味をくみ取って、兵を返したのだと思います。

以上で、2022年8月2日の配信を終えます。

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ちなみにこの釈迦族の滅亡のお話、「仏の顔も三度」と「親族の陰は涼しい」のお話は、浄土真宗のお経文には出てきません。

今回のお話はだいぶ端折って、大まかな流れだけをお話したのですが、このお話は阿含経というお経文に詳しく載っています。釈迦族の滅亡の原因や、釈迦族が攻められた後のことも書かれています。

お経文によっては、四度目でカピラ国に侵攻したというのもありますが、一番有名な阿含経では三度目の侵攻で釈迦族が滅んだということになっています。

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