地方の僧侶のかっけいです。
昔は地方のお寺(末寺)は、門信徒ら(壇信徒ら)を引き連れて本山の法要に参加していました。あるいは折に触れて、ご門徒の人達と各地の寺社仏閣に行きました。このことを団体参拝、略して団参(だんさん)と呼んでいました。
参拝の意味は、神社やお寺にお参りすること・拝みにいくことですよ。
しかし今では、団体参拝するお寺、お寺が企画する旅行というのはかなり減っています。
なぜお坊さんが案内する集団での寺社仏閣参り旅が減ったのかを書いていきます。
団体参拝や団参は怪しい言葉?
団体参拝を案内するお寺が減ったため、若い世代のなかには団体参拝や団参の言葉を耳にしたこともない人もいるのではないでしょうか。
ひょっとすると、団体参拝や団参は新興宗教が用いるあやしい言葉だとイメージする人もいるかもしれません。ネットで調べると、生長の家・黒住教・天理教・金光教などの団参がヒットしますね。
一部の政治家が集団でとある神社に参拝するときにも使われますね。
お坊さんらがあまり団体参拝を案内しないので、もしかすると団体参拝の言葉が既存の宗教法人では使わないのかなあと思う人もいるかもしれません。
でもそんなことはなく、本山や大本に当たるお寺や神社は団体参拝を常に受け付けています。たとえば浄土真宗では東本願寺や西本願寺ですね。
地方の末寺のお寺が団参を使わないだけで、本山は団参の受付をきっちりしています。団体参拝や団参はぜんぜん怪しくない言葉ですよ。
昔は多くのお寺が団体参拝をしていた
かつては多くのお寺が本山への団体参拝をしていました。
しかし現在では定期的に団体参拝をしているお寺を見つける方が難しい時代です。
本山の法要を見ても、お堂一杯に人が入りきれないほどお参りする「御満堂(ごまんどう)」がありました。地方からそろって本山の法要に参加していたからです。本山のお寺には直接の門徒はほとんどいませんからね。
今では個人の参拝が少ないのに加えて、団体参拝もないので本山の法要は昔と比べて寂しいもんです。
久しぶりに団体参拝旅行の案内をした結果
実際、自坊のお寺でも昭和のころは、何度もご門徒を連れて本山の団参に行っていました。しかし平成に入り、ほとんど行かなくなりました。
昨年、団参復活の要望もあり企画し行きました。久しぶりの旅行でしたが、24名とやはり参加者は多くなかったです。
団参してもお寺が儲かるわけではありません。団参を続けているお寺は、毎年お寺が自腹を切って不足分を補っています。(参加者が多ければ団参の内容もより充実していきます)
昨年はお一人35000円と本山冥加金3000円でした。高いように見えるかもしれませ。が、僧侶と周り普段見れないところをめぐる旅内容を思えば、頑張った金額ではないでしょう。
今年は33000円で計画しています。もちろんお寺への副収入にはなりませんし、おそらく不足分をまたお寺が支払うことでしょう。→「2019年春、京都世界遺産巡拝の旅」(4月7日まで募集)
団体参拝旅行をしても参加する人数は、僧侶の願った結果よりも少ないです。またお寺は赤字です。しかし参加した人からはとても喜ばれ、満足していただけます。
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なぜ団体参拝をしなくなったのか
団体参拝をしなくなったのは、団体参拝への参加者が減ったからです。
ではなぜ参加者が減ったのでしょうか。考えられる理由をいくらか挙げます。
- 今は誰もが好きに旅行できる時代
- 団体で知らない人と旅行できない時代
- 大部屋で寝ることができない時代
- 会社や組合でいろいろ旅行している時代
- 旅行疲れしている時代
昔は個人個人の生活が忙しく、旅行に行けるような雰囲気ではありませんでした。しかし徐々に日本が豊かになり、たまにお寺や会社や地域から旅行の案内があると、楽しんで旅行に参加していました。
しかし平成に入りバブルもはじけ、さらに仲間意識・帰属意識の低下により、知らない人と行くよりもで個人で自由に旅行に行くような時代になりました。
そんな中でお寺が毎年毎年、ご門徒に団参の案内しても、参加者は徐々に減りメンバーが固定されていきます。
今、団参を継続しているお寺では5人ほどで旅行している所もあります。こうなると団参というよりかは、気の知れたメンバーで旅行しているだけです。
参加する人が減ると、一人当たりの旅費の負担が大きくなり、お寺が補わなければなりません。またお寺はできるだけ多くの人に、ご仏縁を頂いてほしい気持ちで団参を案内しています。
参加者が減りお寺の負担が大きくなり、いつも同じ顔ぶれになった今の団体参拝では、それぞれのお寺が団体参拝を企画案内するだけの元気がなくなってしまったのです。
「お寺が自腹を切って、門徒に還元したらいいじゃないか」という人もいます。しかし団体参拝、寺社への巡拝というのは慰安旅行ではありません。仏縁を深めるお参りです。
お寺の人が望む団体参拝のすがたと、現代の個人が考える旅行がマッチしていないので、団参をするお寺が減ったのです。