ほしい物リストより、お線香ありがとうございました

浄土真宗ではお墓に亡くなった人や霊や魂はいないんですよ。

こんばんは。 真宗僧侶のかっけいです。

皆さんはお墓にどれくらいの頻度でお参りに行きますか?

年に1回2回という人もいれば、毎月・毎週という人もいるでしょう。

中にはここ数年以上久しくお参りをしていない人もいるでしょう。

今回は浄土真宗におけるお墓の考え方を紹介します。

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お墓って何のためにあるのかな?

結論から言いますと、故人を偲ぶ場だということです。

私たちは誰しも身の濃い肉親との別れが辛く悲しいものです。ましてや火葬され、白骨だけの姿になってしまうと生前の姿が思い起こされ、一層寂しさを感じてしまいます。

しかしどんなに別れるのが辛く悲しいものであっても、やがてはその現実を見つめなくてはなりません。

そしてまた亡くなられていった姿を見ていき、自分たちも生きていくのです。

お骨をできるだけ身近に置いておきたいと。お仏壇にお骨を納められる方が結構な数居るように感じます。しかしお仏壇とは仏様を安置する場所であり、故人を祭る場所ではありません。

ですので、お骨はお墓に納めるのです。

お墓には亡くなった人はいない。

真宗では故人の霊や祟りや魂というのは信じていません。

ましてやお骨に故人が宿っているとは考えていません。

ですので、お墓にお骨を納めたからと言ってそこに亡くなられた人が居るわけではありません。

浄土真宗では阿弥陀様の願いのはたらき(本願力)によって、阿弥陀様のお浄土に生まれさしていただいています。
なぜならそれが阿弥陀様が仏様になられたいわれでもありますし、阿弥陀様の私たちに届けて下さったはたらきでもあるからです。

仏様となられ先にお浄土に生まれた方は浄土真宗では、「倶会一処(くえいっしょ)」と表現しています。これは先ほども言いましたように、阿弥陀様の本願力に出逢ったものは間違いなくお浄土に生まれさしていただき、こちらの娑婆の世界に生きている私たちにお念仏の教えを届けています。

ですので、真宗ではお骨をお墓に納めてもそこに亡くなった人はいません。お浄土に既に往かれているのですから・お墓とは故人の偲ぶ場であり、私たちに仏法のご縁を出逢わしていただく場であります。

ですので真宗に篤い地域ではお墓には「○○家ノ墓」と書かず、「倶会一処」や「南無阿弥陀仏」と表されています。

真宗でのお墓のいただき方。

真宗のお墓とは肉親との悲しい別れを通して、阿弥陀様の法にであわしていただく場です。

どのようにして仏法に出逢うのか。

お墓は個人を敬い、偲んでいく場所です。

私たちは誰しも命が無限にあるものではなく、限りがあるということを頭では理解しています。ニュースを見ても病気や寿命で死んだり、予期せぬ事故・事件でなくなる知らせを耳にします。

しかしどんなに周りの人が死んでいても、このしぶとい私はその身近にある死というのが自分とは関係がない、まだまだ気にするものではないと、目をそらし反らし人生を過ごしています。

死というのを身に染みて見つめさしていただくのが、肉親との別れ、親しい人・愛しい人の別れとなります。かけがえのない命を辛い悲しい別れを通すことでこの私にいのちというものを教えて下さっているのです。

どのような方でも一生に一度は説法をしていると言います。

それは死という別れです。

人として生まれてきた命を空しく過ごすことなく、精一杯生きよよいう先立たれた方からの願いを頂いていくのです。

真宗ではまずお仏壇にお飾りしている御本尊・阿弥陀如来にお念仏の教えや願いをいただき、さらにお墓・お骨に参ることで親しい人との別れを通していのちの大切さ、諸行無常の世界を感じ、拠り所となるものが何なのか、生きていくこと・死んでいくことをの道を求めていくのです。

(ちょっと最後は抽象的な表現になってしまいましたので、また別の機会ではもう少し具体的に説明するよう努力します。)


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さいごに

浄土真宗では亡くなられた方は阿弥陀様のお浄土に既に往かれています。

お墓には埋められて居るわけでもなければ、お参りをしなければ祟ったり災いを引き起こすものでもありません。ですので真宗では「性根入れ(しょうねいれ)」というのもしません。
(ただお骨を納めるときは納骨のお勤めもしますし、法名を刻むときは新しく仏さまを迎えたということで建碑法要や入仏法要をしますよ。)

真宗のお墓で大切な考え方は、お参りしなければ悪事をするということではなく、家のお仏壇で私たちを救ってくださる教えを説かれた阿弥陀様に合掌とお念仏をし、さらに故人のお墓に参ることで親しい人との別れを通し、故人の遺徳を偲び阿弥陀様とのご縁をいただく場とさしていただくのです。

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