2020年1月は医療ドラマが6本もあるようです。
医療系のドラマは俳優が豪華で、話も一話完結しやすく、最終的には患者を救うという結論に落ちついて、手堅い視聴率がとれるからだそうです。
で、TBSテレビが、金曜ドラマとして1月17日から『病室で念仏を唱えないでください』という面白いタイトルの医療ドラマを始めました。金曜日の夜10時です。
今回は、このドラマをテーマに話をするのですが、第1話放送からまだ1週間もたっていないので、録画をまだ見ていない人もいるでしょう。
ネタバレをしたくはないので、このドラマタイトルから感じることを、お坊さんの私がしゃべっていきます。
ちなみにドラマの大雑把なストーリーは、僧侶であり救命救急医の主人公が、病院で患者を救いながら、生きること死ぬことの答えを見つけようとしている内容です。
さて皆さんはどう感じますか。お坊さんと病院の組み合わせってありえないでしょうか。
たぶん多くの人は、「お坊さんが病院・病室にいたら、縁起が悪い。念仏を唱えるなんて、もってのほか」と答えることでしょう。
実はこのドラマタイトルは、「お坊さんあるある」の言葉です。
でももっと正しく言うと、『病室で念仏を唱えないでください』ではなくて、『病室で念仏を唱えるな』になります。お願いではなく、禁止です。
いつごろか、はっきりとは分かりませんが、いつのころから、お坊さんはお坊さんのかっこで、衣を着た僧侶の姿で病院・病室に行けなくなりました。
聞くと戦前は、まだ病院にお坊さんがお坊さんの姿で行けたそうです。今みたいに、大きな病院・国立の病院ではなく、開業医、いわゆる町医者ばかりだったようです。
顔なじみの人ばかりですので、お寺さんも来たということで、病院・病室にお坊さんがいても何もおかしくなかったのです。
それが戦後になって、お寺の人間は、お坊さんの姿で、病院には行けなくなりました。
今、もしもこのテレビドラマのように、黒い衣を着て、袈裟を首からかけて病院の中に入ろうとしようものならば、立ち入りを拒否されることでしょう。
『病室で念仏を唱えないでください』ではなくて、『病室で念仏を唱えるな』が正しいところです。
黒い衣や念仏は、死を連想するのか縁起が悪いとされるのか、病院から敬遠されるのです。
ここまでの話をきいて、「僧侶のカッコをして、病院に来るなんて非常識」、「お坊さんのパフォーマンスだ」と思うことでしょう。
いえいえ、この黒い衣と袈裟こそ、お坊さんの正装なのですよ。失礼のない姿なのです。
黒い衣と袈裟のあの姿をすれば、お坊さんはどこにでも行くことができます。
皇居の中も入れます。園遊会のようなかしこまった会にも参加できます。国会にも入れます。
当然、各省庁や役場にも行けます。
それこそ知事や大臣に、要望書・意見書を出すときは、お坊さんはきちんと、黒い衣と袈裟を着けますよね。あれはパフォーマンスではなく、お坊さんにとっての正装だからです。
あの姿で行くのが失礼のない姿なのです。
実は結婚式でも、お坊さんはスーツではなく、衣と袈裟を身に付けるのが正装です。
病院だけですよ。お坊さんが黒い衣と袈裟を身につけて、入ることができない場所は。お坊さんにとっての正装がダメだ・来るなとされるのです。
不思議でしょう。
ドラマでは、僧侶である主人公が、お坊さんの姿のまま救急救命室に入る場面があります。しかし現実にはそんなことは許されていません。
一方で話変わると、最近では、「ビハーラ僧」というお坊さんもいます。あまり聞きなじみのない言葉かもしれません。職業名っぽく言えば「臨床宗教師」、別の表現をすれば、お寺ではなく病院で宗教活動をするお坊さんということです。
しかしこの人らも、お坊さんのカッコをしません。スーツや普段着の上に、ちょっと暗めなガウンを羽織ったり、あるいは作務衣のようにお坊さんの作業着を着たりします。
数珠や袈裟は身に付けません。
医療の現場にも、お坊さんが進出することはあっても、お坊さんであることをはっきり示すカッコにはなれないのです。お坊さんにとっての正装であったとしてもです。
私は以前、「お寺には若者が来ない。」「どうすれば若者がくるだろうか」というテーマでブログ記事を書きました。
すると、あるお坊さんがtwitter上で、「なぜ若者が寺に行かないといけないんだ。狭量(きょうりょう)がない坊主だ」とシェアされ、ある程度リツイートされました。
私はtwitterをやらないので、そのツイートにお応えすることはできなかったのですが、浄土真宗僧侶の私は、今でも若者ができるだけはやく寺に来るべきだと考えます。もっと正確に言うと、元気なうちに、まだいつ死ぬとも想像できないような時にこそ、仏法に出あうべきだと考えます。
現在、医療の現場では、ビハーラ僧侶がお坊さんとして活動できる程度です。それ以外だと、たとえ正装でも、お坊さんは僧侶の姿で病院に行くことができません。
ビハーラ僧侶に求められるのは、緩和ケアです。病による痛みや苦しみを医療行為によって治療するのではなく、どうにかして和らげ寄り添っていくかです。要は死を迎えるためのつなぎです。
医療の現場では、お坊さんは僧侶の姿で行くことができません。
現代では仏教が死んだ後での話、お坊さんは死んだ後に世話になることだと思われているのか、病院にお坊さんがいたら、ここにあなたの用事はありませんよという態度をとられるのです。
しかし仏教、特に浄土真宗は生きているときにこそ、大切な教えなのです。大病を患ったり、体が不自由になったり、介護を受けなくてはならなくなってから、「なんでだ。どうしてだ」と愚痴ばかりになってからすがる教えではありません。
しかし現実には、そのように思われていません。若いうち、元気なうちは、宗教なんて関係ない。お坊さんの姿は見なくてよい。となっています。
『病室で念仏を唱えないでください』というタイトルは、ドラマだから皆さん何気なく受け入れて見ていますが、これが現実にあれば、この病院や僧侶は非難ごうごうでしょうね。
毎週金曜日の夜10時からTBSテレビが放送しています。今週1月24日は、第2話です。興味があれば見てはどうでしょうか。