月にうさぎがなぜいるのか。仏教由来の伝説を紹介

先日2月22日、探査機はやぶさ2が小惑星「リュウグウ」に着陸に成功しました。2005年に初代はやぶさが小惑星「イトカワ」に着陸してから14年後のことです。

それを記念して今回は「月のうさぎ」について紹介しようと思います。

月にうさぎがなぜいるのか。仏教由来の伝説を紹介します。

『今昔物語集』の「三獣行菩薩道兎焼身語」にも紹介されている有名な伝説です。(全文を紹介しているサイト「やたがらすナビ 三獣行菩薩道兎焼身語 第十三」)

元々は仏教思想の「ジャータカ物語」が由来とされます。

Sponsored Links
Sponsored Links

「月のうさぎ」は慈悲のこころを表す

月にうさぎがなぜいるのか。仏教の伝説

  • ある時、ウサギとサルとキツネが森にいた。
  • そこにお腹をすかせた一人の老人がやってきた。
  • サルとキツネは食べ物を探して老人に与えることができた。
  • しかしウサギだけはどうしても食べ物を見つけることができなかった。
  • 老人はウサギに、あなたは何も施してくれないのかとたずねた。
  • するとウサギは自分を食べるようにと炎の中に飛び込んだ。
  • その捨身の姿を見て、老人は帝釈天へ変身した。
  • 帝釈天であった老人はウサギの尊い行いを月にうつした。

ジャータカ物語はだいたいこんなストーリーです。有名な話ですので、登場する生き物が微妙に違ったりしますが、帝釈天が火に飛び込んだウサギの姿を月にうつすのは同じです。

帝釈天とは仏教の守護神である天部のひとつ。

この話は、うさぎの捨て身のこころ・慈悲行を象徴しています。

今昔物語によると、うさぎのこの尊い行いをすべての人に見せるために火に入った兎の形を月の中に移し、人々は、月のうさぎを見るごとにこの自分を犠牲にしてもわが身を投げ出そうとした「思いやりのこころ・慈悲のこころ」を示した兎のことを思い出すのです。

仏教の布施は、ただ単に他人に物を与えたりしてやったりすることを意味するのではありません。

布施行の根底には相手を思いやる心をもつことです。慈悲とも表現できるでしょう。

うさぎの捨て身の姿勢は、行き過ぎた思いやりに感じられるかもしれません。

しかし思いやり・慈悲は、豊かな想像力を持ち他人に寄り添うこころをもつことでもあります。仏教は自己中心的なものの見方を転換していく教えです。

月に映し出されるうさぎを見て、他人を思いやる気持ちを思い起こすきっかけとなれば幸いです。

布施のこころに関連するドナー(臓器提供)についても『ドナーの意味はサンスクリット語のダーナ(布施)が語源』にて解説しました。