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お経を聞く人数はなぜ1250人か?ラジオ#79

第79回目のラジオ配信。「お経の聴衆1250人」がテーマです。(BGM:音楽素材MusMus)

ラジオテーマ「1250人」の内容まとめ
  • 経典の書き出しには、どれほどの人数が聞いていたのか書かれている
  • 1250人あるいは1万2千人のことが多い
  • カッサパ兄弟の弟子1000人と、舎利弗と目連の率いる250人が、お釈迦様に加わる
  • 1250人の数字は、最初期のころの仏教教団を表しているとされる

2021年3月9日に配信予定の今回は、頂いたご質問にお応えする形でお話をしていきます。

いただいたご質問は「お経文の冒頭に書かれてあるお釈迦様の説法の聞く人数1250人とかには、何か意味があるんですか?」というものでした。

そういう難しいことは偉い学者さんに聞いてほしいところなのですが、せっかく頂戴したご質問ですので、私の知る限りのことをコンパクトにお話できたらと思います。

ちなみにですが、私はこの問いに対する明確な答えを持たないことを先にお詫びしておきます。

さて質問してくださいましたように、お経というのは仏さま、お釈迦如来のお話の記録であり、お経はまずはじめに「いつどこで、どんな人たち」がそのお話を聞いていたところから書かれています。

例えば浄土真宗では、仏説無量寿経、仏説観無量寿経、仏説阿弥陀経の3つを大切にして読みますよね。

  • 無量寿経には與大比丘衆万二千人倶、1万2千人の優れた弟子たち
  • 観無量寿経には與大比丘衆千二百五十人倶、1250人のすぐれた弟子たち
  • 阿弥陀経には與大比丘衆千二百五十人倶、1250人の優れた弟子たち

このようにお経には1万2千人の弟子たち、あるいは1250人の弟子たちという風に書かれています。

他の宗派のお経文も、1万2千人か1250人と書かれていることが多いです。

なんでこの人数なのかという質問ですが、私もはっきりとは知りませんし、そもそも仏さまが説法されたのも2500年ほど前のことですから、想像でお答えしないといけないこともあるでしょう。

私、書籍の名前は忘れてしまったのですが、以前この人数について説明している本を読んだことがあるので、そのことを思い出しながらこれから説明していきます。

そもそも仏教において大切なのは仏法僧でして、この3つが初めてそろったのが一番最初のサールナート・鹿野園のことでした。

ここでは5人の修行僧に対して、お釈迦如来が仏法を説きました。この時の聞き手はおそらく5人だったのでしょう。

この後はヤサという人物に教えを説いて、そこから少しずつお釈迦様の周りには人が増えていきます。

お釈迦様はサールナートでの最初のお話の後は、かつて修行をしていたマガダ地方の方に戻り布教活動をしていたとされます。またお釈迦様のお弟子たちも常にお釈迦様のそばにいたわけではなく、それぞれが優れた仏弟子であり、インド各地に行ったり来たりして仏の教えを説くんですね。

それでマガダに戻ったお釈迦様は、まもなくカッサパという3人兄弟の宗教指導者と出会います。

カッサパ三兄弟はバラモン出身で、古代インドの火の神様を信仰して呪術的な儀礼を行い、それぞれ500人、300人、200人の弟子を率いていたようです。

そんなカッサパに仏の教えを説き、3人のカッサパ兄弟は計およそ1000人の弟子たちとともにお釈迦様の仏弟子となりました。1000人という規模の人数が一度に、指導者とともに改宗したいうのは大きなことで、ここからお釈迦様の噂が他の修行僧たちにも広まるきっかけとなります。

ちょうどこのころ同じマガダ国の王舎城という場所に、舎利弗と目連という修行者がいました。舎利弗と目連はサンジャヤという宗教指導者の元で修行していました。

王舎城でいた舎利弗は、あるときアッサジという僧侶と出会います。アッサジはお釈迦様が最初に説法された5人のうちの一人です。

アッサジから縁起の仏法を聞いた舎利弗は大いに喜び、目連にも伝え、また同じくサンジャヤの元で修行していた仲間たちにお釈迦様の教えを伝えます。サンジャヤはお釈迦様の弟子にはなりませんでしたが、舎利弗と目連に率いられるように、サンジャヤの弟子250人はお釈迦様の元に行きます。

このように、宗教グループカッサパ兄弟の1000人と舎利弗と目連のグループ250人が、最初のころのお釈迦様の仏教教団に加わったことから、それを反映してお経文で人数を書きだすときは、1250人の優れた弟子たちがいたとおおよその人数を書いているのだと思います。

これが1250人の理由です。

一方でお経文には1万2千人とあるのもあります。

申し訳ないですが、この1万2千人の理由は私は全く知らないので、私の想像を交えてお話しします。

お釈迦様には数多くのすぐれた弟子たちがいます。ですが彼らは全員がいつもお釈迦様のそばにいたわけではなく、それぞれが優れた指導者ですのでインド各地で仏の教えを説きます。

ですのでお釈迦様の弟子たちがいつもそろってお話を聞いたわけではありません。そしてお釈迦様がいた所は街からそれほど遠く離れておらず、お釈迦様のお話は出家僧侶やバラモンだけではなく、一般生活する人も身分の低い人も王も貴族もあらゆる生き物、だれもが聞くことができました。

つまりお釈迦様のお話の聞き手の顔ぶれ・人数は、その時その時によって違うということです。またお釈迦様が説法される時は対機説法や応病与薬という特徴がありまして、悩んでいる苦しんでいる人から教えを請われてその人のためにお話します。

ですのでお釈迦様がお話される時というのは、周りの人たちが悩んでいる人に対して「お釈迦様に相談してはどうだろうか」とアドバイスしているでしょうし、お釈迦様の元に向かっている悩んでいる人を見かけると「ああきっとお釈迦様がこれからお話をしてくださるだろう」と、自然と人びとが集まったのではないでしょうか。

そのため、基本は1250人なんでしょうが、数えきれないほどの大勢の聞く人が集まった時には、その10倍の1万2000人とおおよその人数を表現したかったのではないのかなあと、私は勝手に想像しています。

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お釈迦様の説法の3つの特徴

応病与薬

お釈迦さまは、悩み苦しんでいる人がいれば、その人の苦しみを解決するために、いつもその相手の立場や気持ちを大事にし、その人に最もふさわしい救いの教えを説きます。

お釈迦さまの説法スタイルは、その人の病に応じてその人に合った良い薬を与える意味で、「応病与薬(おうびょうよやく)」といいます。

対機説法

お釈迦さまは、その相手の理解度に応じて、その人にとって分かりやすく理解できるように法を説きます。そのお釈迦様の説法スタイルを「対機説法(たいきせっぽう)」といいます。

機とは、その人の持っている能力・素質・思想・性格・環境・年齢などなど、一人ひとりが持つ性質のことです。

お釈迦様は一方的な話をするのではなく、まず相手の機を理解し、それに対して救いの教えを説きます。

随喜の説法

お経はお釈迦さまの説法です。悩み苦しんでいるを救うために法を説き、その仏法を聞いた人は、喜びの気持ちにあふれます。経典の終わりには、説法を聞き随喜の気持ちとなった人々が、仏に礼拝して去ることが書かれます。

随喜(ずいき)とはありがたいと心から喜び感動することであり、その気持ちは何ものにも比べることができないものです。

お釈迦様の説法を聞いた人は、そんな随喜の気持ちが起こるものでした。

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最初期の仏教教団に加わった目連はお釈迦様の10大弟子に数えられ、お盆の行事の由来になった人物です。

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