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カカンキンコン.書かんきん来ん

円龍寺ラジオの特別編。

香川県の誰もが使う言葉ではないが、香川の西の方では理由を表す言葉を「きん」と言う。

「カカンキンコン・コンキンカカン」とは、「書かんきん来ん、来んきん書かん」と言ってます。

内容まとめ
  • (私が手紙を)書かないから来ない。(相手も手紙が)来ないから書かない
  • 年賀はがきが来ないのも、私が書かないから
  • 私は「呼ばんきん来ん、来んきん呼ばん」ともじる
  • 仏事の施主はまず案内をする・呼びかけることが大事

カカンキンコンコンキンカカン

こんにちは。先日年賀はがきの当選番号が発表されましたね。皆さまは当たりましたか?

私のところは今年は一枚も当たりませんでした。

どうして当たらなかったのでしょうか?それは年賀はがきがあまり来なかったからです。

お寺ですので例年はそれなりの枚数のはがきが来るので、下二桁の3等は数枚は当たるんですが、今年は50枚くらいで一枚も当たりませんでした。

で、どうして年賀はがきがあまり来なかったかというと、それは年賀はがきを書かなかったからです。

昨年は私の祖母が亡くなりました。それで喪中欠礼・喪中のはがきを出しました。

喪中はがきは年内に近親者が亡くなって、こちらからの新年のご挨拶を控えさせていただきますよ~ということを前もってお知らせするハガキなので、お相手からの新年を祝う年賀はがきをいただくことはおかしくないんですよね。

また私のところは浄土真宗ですので、年賀はがきを送ってくださる方も浄土真宗の方が多いです。そのためか年賀はがきを書く代わりの喪中欠礼のはがきを出しても、そこそこの枚数の年賀はがきを例年のように頂きました。

ですが世間一般的には、年賀はがきを書かなかったら、年賀はがきは来ないものだと思います。

お手紙というのは不思議なもので、こちらが書かなければお相手も書かないものです。当然、手紙が来なかったら、お相手にもまた手紙が来ないんですよね。

「カカンキンコン、コンキンカカン」はそんな状態を表す言葉です。「手紙を書かないから手紙が来ない。手紙が来ないから手紙を書かない」ということです。

私のところは今年は年賀はがきを書かなかったから、年賀はがきがあまり来ませんでした。ですので年賀はがきのお年玉は今年は当たりませんでした。

カカンキンコンコンキンカカンは香川県の人に言っても、通じないかもしれません。

でもきっと香川の西の方に住む人にカカンキンコンコンキンカカンといえば、「書かないから来ない、来ないから書かない」ってお手紙のことをさしてるのかなあと、想像してくれると思いますよ。

さて、お坊さんの私はこのカカンキンコンコンキンカカンをもじって、「ヨバンキンコン、コンキンヨバン(呼ばんきん来ん、来んきん呼ばん)」という言葉を、ご法事とかのお参り先で言うことがあります。

ここ数年は法事や葬儀と言った仏事に参列する人が減りました。2020年2021年は新型コロナウイルスが流行って、ますます人が少なくなりました。

お参りに行って雑談していると、施主から『こんなご時世やきん人が少ないんです。県をまたいで来るのを控えてるんです。』と言われるので、『それは仕方のないことですねえ』と私も返事します。

でも中には『コロナが流行っとるきん案内せんかった。来てもらうん悪いきん呼ばんかった』という施主もいるんですね。

お坊さん的にはこれはダメです。よろしくないです。これは施主の使命を果たせていません。

法事や葬儀といった仏事というのは、亡き人を通して仏縁に出あうということです。施主は仏様や亡くなった人の代わりに、縁ある人たちに対してぜひお参りしてくださいよ~とお呼びかけすることが大切です。

お呼びかけ・ご案内をすれば、施主の仕事の半分はしたようなもんです。

案内をしてもコロナやから来れない。高齢・病気やから来れない。などと判断するのは、施主ではありません。それは案内を受けた側が判断したらいいことです。

施主は仏さまや亡き人に代わって、一人でも多くの人に仏縁に出あう機会を設けるのが大切です。来れる来れないと決めるのは施主じゃありません。施主はぜひ来てくださいよと有縁の人に呼びかける。そして仏事の場を用意する。これが大事です。

なにか最近の仏事を見ていますと、お参りの人が少ない少なくなったいう声を聞きますが、そもそも案内を十分にしていない施主が多かったりします。

これはよろしくないことでカカンキンコンコンキンカカンに通じることで、こちらが呼ばなくなると、相手もまた仏事のときに呼びにくくなるもんです。すなわちヨバンキンコンコンキンヨバンです。

もしお参りに行きたいなあと思っていたとしても、呼ばれなかったらそもそも行けません。

仏事に参加する・参加しない・参加できないは、呼びかけられた側が決めることです。邪魔に思うかもしれない・うっとうしく思われるかもしれないと、気おくれする施主もいるかもしれませんが、まずは案内すること。これが仏事を担う施主の役目です。

このことはお寺にも言えることです。寺では年に数回、法要が開かれます。

毎回お参りに来られる人は黙っていても来るんですが、来ない人はどんなにご案内しても来ないもんです。「行こうとおもっとらんのに~。行ったこともないのに寺から案内状が来た」と邪険に思う人もいるかもれません。

でもお寺はこれまでのお付き合いの中で少しでも縁のあるご門信徒には、案内状を出したりします。

なぜかというと、寺にお参りしてほしいからご仏縁に出あってほしいからです。またそれが法要をする寺の役目だからです。

笛吹けども踊らずではないですが、呼びかけてもなかなか仏事に来ないような時代になったのかもしれません。手を引いてくれるお爺さんおばあさんはいません。一緒に行こうと声を掛けてくれる隣り近所も少なくなりました。

ですが時代が変わっても、仏事をする施主は

  • 来ていただけるように呼びかけること
  • 仏事の場を準備すること

が何よりも大事です。

今回はカカンキンコン・コンキンカカンとヨバンキンコン・コンキンヨバンのお話をしました。

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「きん」は理由を表す香川の方言

きん・けん・きに

標準語では、理由を表すとき「ので・から」を使います。

香川の方言では「きん・けん・きに」を使います。

  • きん:香川の西の方(丸亀方面)
  • けん:香川の東の方(高松方面)
  • きに:南の方(徳島・高知方面)

「かかんきんこん、こんきんかかん」は「書かないので来ない、来ないから書かない」ということ。ちなみに私は言わないですが、高松の方だと「かかんけんこん、こんけんかかん」になるようです。


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施主の役目は呼びかけること

施主の役目

私は「呼ばんきん来ん、来んきん呼ばん」と言います。

最近のお仏事では、お参りに来られる人が減っています。減っているのには様々な理由がありますが、理由の一つに施主がそもそも案内をしていないということがあります。これはダメなことで、施主と言うのは、亡き人をご縁に有縁の人に仏法に出あうように働きかけないといけません。

施主は仏事の場を用意すること、お参りに来られるように呼びかけること(案内すること)が大事な役目です。

たとえお参りに来ない来れないと分かっていたとしても、案内をしなければなりません。手紙を書かなくなるとお互いに手紙を書かなくなるように、仏事のご案内も、そのつながり・縁が途切れないように、呼びかけ続けることが大切です。

「仏事に呼ばないから来なくなった。行けなくなったからこちらからも仏事にご案内するのができなくなった。」とならないようにしなければなりません。

香川の方言に関する内部記事

香川県では「えらい」はしんどい時・疲れた時に、自然と口から出てくる言葉です。でも私が大学生のとき「えらい」が通じず、「何が偉いの?」とキョトンとされたのは印象深い出来事でした。

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